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「あおぞらにんぎょ」

 昔からこの幼稚園につとめる天野久仁美先生は、とても声がきれいな人である。天気の好い日はよく外でお手製の絵本の読み聞かせをする。園児はいつも熱心に聞き入っていた。
「桃太郎は鬼ヶ島に着きました。途中、船乗り場で美しい人魚と出会い、きびだんごと人魚の肉だんごを交換し、不死の体を手に入れて、バッタバッタと鬼を倒していきました」
 あるときはこんな話だった。
「浦島太郎は海辺で助けたカメと美しい人魚からお礼をしたいと言われました。人魚に指先の肉を少し与えられ、不死の体になった浦島太郎は、カメの背中に乗って窒息せずに海の底まで潜っていきました」
 また、こんな話もあった。
「魔女の毒りんごで永遠の眠りについた白雪姫のもとに、白馬に乗った王子様が現れました。白馬には美しい人魚も一緒に座っています。王子様は人魚の首筋の肉を少し噛み取ると、白雪姫に口移しで与えました。すると、なんと眠りから覚めたのです」
 よく晴れた動物園見学の帰りにはこんな話もしていた。
「サルにやられたカニは仲間たちによって家に運ばれました。美しい人魚の女中はすぐにわきの肉を少し切り取り――」
 久仁美先生は、美しさのまったく衰えない人である。

(おわり)

 

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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

2011年賀小説「うさみこ!」

 謹賀新年っ! なんだけど! あいつ、来んのかよ!
 元日の朝六時。大型スーパーの初売りが始まるまであと十分。私立望月女子高校二年生、宇佐神子(うさ・みこ)は後輩の到着を待っていた。野菜などのダンボールが大量に積まれた商品搬入口。その真ん中に、神子は巨大な毛筆を長刀のように構え、真っ赤な顔で仁王立ちしていた。
 壁の時計を見る。おい、あと十分じゃねえか。もう、ほんと、マジなかったことにして帰るかコレ。バイト代は惜しいけど、一人で全部やるよりずっといい。
 スーパーの店員たちは忙しそうに周囲を走り回っているが、神子の姿をチラチラ見ては通り過ぎていく。今日のイベントのために、後輩の因幡白子(いなば・しろこ)が大晦日に家まで持ってきた衣装は、なんと巫女の服だった。
「先輩っ、これ力作でしょ?! これで明日一緒に頑張りましょうね!」と涙目で言ってきたので、ちょっともらい泣きしたが、帰った後、ビニール袋からドンキのレシートが転がり出てきた。なんと素晴らしい後輩だ。ごまかしてもいい。証拠くらいは隠滅して。
 だが、神子は律義だ。初売りのオープニングイベントの衣装としてきっちり着てきた。ところが、開演三十分前に来たところ、白子は来てないし、携帯にもまったく出ないし、さらにスーパーのおっさん店長が、神子の格好を見て困った顔をする始末。
「あれ? 干支のウサギの格好をしてくれって頼んだんだけど……。ウサギっぽくないとダメだよ。話聞いてなかった?」
 というわけで、店長が急いで事務所から持って来てくれたウサ耳のかぶりもの(なぜある)を渡されて、頭につけさせられた。いや、ウサ耳付きの巫女ってどう考えてもおかしいよね。正月早々、なんの拷問だ――。
 白子に十回はコールしたけれど返信ゼロ。そして、とうとう開演三分前。
「ほら、開けるよー! 女子高生ちゃん、こっち来て!」
 搬入口の外で、禿げあがったエビス顔の店長が呼んでいる。白い息を吐き、手には陣太鼓を持っている。やめて、女子高生ちゃんと呼ぶな、恥ずかしいから! 涙を振り絞りつつ、店長の出囃子の合図で、神子は巨大毛筆を持って外を見た。初売りは恒例行事で、たくさんの人垣が見えた。――死にたい。足がすくむ。
「神子ちゃん、ごめんね!」
 そのとき、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。搬入口の外に、白子の姉、垂穂(たるほ)さんがゴージャスな毛皮のコートに身を包んで立っていた。何でこんな時間に垂穂さんがいるのか分からない。しかもどうして謝られたのか。神子は呆然とした。
「垂穂さん?!」
「ついさっき、寝起きの白子から電話があったの! 神子ちゃんがピンチだから行ってくれって!」
 神子は状況を把握したが、同時に腹も立った。垂穂さんに電話するより先にこっちにかけてくるべきだし、ピンチを作ったのは寝坊したアンタじゃないか!
 だが、駆け寄ってくる垂穂さんの格好を見て、怒りも一瞬で吹っ飛んだ。毛皮のコートの下は真っ赤なハイレグと黒い網タイツだった。垂穂さんはこの近くのキャバクラに勤めているのだ。お姫様みたいな豪華なネックレスもつけたまま。仕事中だったのか。
「あたし、年越しパーティ中だったんだけど、神子ちゃんを助けたくて跳んで来たの。ごめんね、着替えてる暇がなくて」
「えっ? あ、はい、大丈夫です」
 大丈夫って何が。
「書き初め巫女ガールズなんだよね? 巫女服なら、お店のをちゃんと持ってきたからねっ!」
 垂穂さんは満面の笑顔でピースして、手に持ったクリーニングの袋を掲げた。中に白い巫女服が入っている。
「あ……えっ?」
 神子が戸惑う間に、垂穂さんは毛皮のコートを脱ぎ、迷いなく頭から巫女服をかぶった。胸がガバッと開いた巫女服で、裾丈も異常に短い。お店用の寸法なのか。裾の下から黒い網タイツの足がむっちりと伸びている。目の前で見ると、壮絶なエロさだった。
 垂穂さんは二十歳。来週は成人式。だけど、いくら妹の尻拭いとは言え、どうしてこんな格好をしちゃうのか。美人で、スタイルもよく、髪もブロンドのお姫様みたいにきれいで、化粧もバッチリで、まぶしいくらいすっごい笑顔。生まれ持ってのスーパー・サービス精神だ。圧倒されて、ここまで来ると、惚れる。
「おーい、女子高生ちゃーん、セレモニー始めるよ。急いで! ウサギの耳、忘れずにね!」
 搬入口の外で店長がまた呼んだ。垂穂さんは笑顔で手を振る。
「はーい! 行きまーす!」
「あれっ? 『ムーンライト』のるなちゃん?」
 店長は首を傾げた。
 そして、垂穂さんは深呼吸し、神子の空いた左手をぎゅっと握った。
「白子のことはごめんね。あたしが一発殴っとくから」
「えっと……あの、お願いします」
 いや、殴らなくていいんだけれど。でも、何だか甘えたい気分だった。
「じゃあ、行くよ。お客さんはあたしが沸かすから、書き初めは頼んだよ! ねっ!」
 手が温かくて涙が出そうだった。
「でも、えっと」
「いっぱい練習してきたんでしょ?! 根性見せなさい!」
「――う、うんっ!」
 垂穂にバンと背中を叩かれ、握った手をぐいっと引っ張られた。二人して外へ向かって駆け出す。搬入口から冷たい風が吹き込み、吐く息がさらに白くなる。でも、体の中から湧き出す勇気はもっと熱かった。
 お店の前には開店を待つ人たち行列ができている。毎年、望月女子高校の書道部がやる新春書き初めパフォーマンスを楽しみにしていた。開店するまでの五分間、カウントダウンをしながら、書道部に受け継がれる巨大な筆で、今年の干支をでっかく書き上げるのだ。
 店長の出囃子を合図に、スーパーの男性店員が一台の和太鼓を力いっぱい打ち鳴らし、一気に熱気が高まったところへ、二人のかわいいウサギ巫女が颯爽と登場すると、おおおっと歓声が湧いた。新年を祝う拍手が巻き起こり、「かわいい~!」と応援してくれる女性客もたくさん混じっていた。
 予想以上に人が多くて、神子はすさまじく緊張したが、和太鼓のリズムに乗って華麗に踊り、愛嬌を振りまく垂穂さんが一緒にいてくれて、心の底からほっとした。一人だったら、冗談じゃなくウサギみたいに死んでいた。
 神子は靴を脱ぎ捨て、足袋で、ビニールシートが敷かれた特設ステージに昇った。巨大毛筆をドンッと立て、受け継がれてきた伝統から少し元気を分けてもらう。そして、黒ペンキの入ったバケツに筆を突っこみ、じゃぶじゃぶと浸した。ステージには巨大半紙がセットしてある。
 そのとき、行列の人垣と、書き初めの特設ステージの間に、突然、酔っ払った若い男の人たちが何人か駆け込んできた。横入りではないのだが、垂穂さんも神子も少し驚いた顔をする。男の人たちはみんな手にシャンパンのビンを持っていた。
「るなちゃーん! 応援に来たよー!」
「えっ、お店から来たの? ありがとー!」
 垂穂さんはぴょんぴょん跳ね、笑顔で手を振って応えた。ステージのバックには、しめ縄や御神酒の樽が飾られていて、少し神聖な雰囲気もあるが、こんなに跳ねる巫女がどの神前にいるものか。大きな胸がゆっさゆさと揺れて、店長も嬉しそうに手を叩いて楽しんでいる。元日から、アイドルショーみたいに笑顔を振りまき、大いに観客を沸かせている垂穂さん。そうだ、この人、相当酔ってるのだ。
「いやー、るなちゃんが戻ってくるのが待ちきれなくてさぁ!」
「じゃあ、行くぞ、せーの!」
 男の人たちは手に持ったシャンパンを思いきり縦に振った後、一斉に栓を抜いた。そして、まさにテレビで見たF1のシャンパンファイトみたいに、ステージ上の垂穂さんに向かって激しくシャワーを浴びせた。うわあっ!と後ろの人垣も騒いだが、どこかで「めでたいっ!」と一声あがると、場の雰囲気は一気に歓迎ムードに覆われてしまった。
 垂穂さんは巫女の服がびしょびしょに濡れて、ますますテンションが上がり、にやりと甘美な笑みを浮かべた。そして、ちょうど建物の陰から初日の出が差し込むと、ウサギの巫女は天から降り注ぐ光に照らされ、壮麗な黄金色に輝いて見えた。
 だが、その後ろで、神子は筆を引き抜き、ブチ切れた。危うくぶん回すところだった。
「ちょっと! ふざけんなっ! 半紙が濡れちゃうじゃない!」
 すると、垂穂さんは噴き上がるシャンパンシャワーを遮るかのように、店から持ってきた金色の扇子を胸から取りだし、バサッと両手に広げ、仁王立ちした。酒に濡れ、酔った巫女ウサギはもうまったく寒さも外聞も関係ない状態だ。
「そうよ! あんたたち、かけるならこっちのウサギにかけなさい!」
 垂穂さんがくるりと回ると、開店待ちの行列から再び歓声が上がる。神子は顔にかかった酒の雫を袖でぬぐい、大きな筆の先を、真っ白な半紙にドスン!と力いっぱい叩きつけた。

(おわり)

 
あとがきは、続きを読む からどうぞ。

 

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「外れた町」

 海風の急ぐ午後、浜辺一面にハマナスの葉が広がっている。もうこの先には線路がない。ひと気のない石積みのホームで流木に座っていると、腰の低い駅鳥がそう説明にきてくれた。
 車両が走ってきた太い竜骨の線路はここで空へせりあがり、ねじ切れたようにブツンと終わっていた。あとは見渡すかぎりの海。
「お一人ですか?」
 駅鳥は穏やかに尋ねたが、答える気力はなかった。私は生まれ育った町に二度と帰れなくなっていた。町は、海の底でもなく彼方でもない場所へ運ばれてしまったのだ。駅の行き先表示は白く塗りつぶされている。
 電車は折り返してしまい、ひと月はこの駅に来ないようだ。話せる生きものは駅鳥しかいない。
「町はどうなりました?」
「……すいません、実は、去年に生まれたばかりでねぇ。五人兄弟なんですが、長男は大工に、次男は配達夫に、で、三男の私は駅員になり、四男、五男はまだ学校に──」
 適当なところで話を切る。
「あの、町は?」
「……ですから、すいません、実は、去年に生まれたばかりでねぇ。五人兄弟なんですが、長男は──」
 浜辺を見るとテントがあり、初老の女性が手を振っていた。
「あれが長男の嫁です」

(おわり)

 

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ジャンル : 小説・文学

「嘘泥棒」

 冒険の半ば、世界の片隅にある神殿で、特殊スキルを持つ仲間を一人追加できることになった。神官にリストを見せられ、若い勇者は、相手の嘘を盗み真実を言わせるスキルを持つ「嘘泥棒」はここからの険しい旅に必要だと考え、仲間に選んだ。
 新編成で、賊に誘拐された姫を救い出す。王様に届けると、「娘を助けてくれて感謝している。報酬金はたっぷり出せるのだが、800ゴルドで良しとしてくれ」と握手を求められる。
 城を出て山間の村に着く。温厚な村長が出迎え、「よくぞいらした。こいつらに眠り薬入りの食事を与えて魔物の生け贄にしよう。さあ、泊まっていきなさい」と握手を求められる。
 村を出て洞窟に入る。入口で勇者は、任務中である伝説の騎士団長から、「俺は別に強くなる必要ないから、きみに神秘の指輪の素材を全部集めてもらおう」と握手を求められる。
 指輪をかざし魔王の宮殿を発見する。魔王は不敵な笑みを浮かべながら、「お前に世界の一部をくれてやる気はさらさらないけど、我らと手を組まないか?」と握手を求められる。
 魔王を倒すと異世界の門が開いた。若い勇者は嘘泥棒を解雇した。嘘泥棒は「俺とかニ周目だろ……」とぼやき去っていく。

(おわり)

 

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「水溶性」

 妻や娘たちを喜ばせようと、浴室に水溶性の世界を構築する。
 きっかけは数年ぶりに寄った画材屋だった。絵の趣味から離れて久しかったが、腕はまだ衰えていなかった。妻がずっと憧れていた南国のリゾートホテル、芸術肌の長女が言っていた宮殿風の大理石の巨大浴室、少し古風な次女が行きたがっていた山奥の露天風呂、たまには宇宙船の眺めなんてのもどうだろう。何を描いても水で流せばすぐ溶ける奇妙な絵の具で、天井や壁を自由に旅行気分で塗り替えていく。
 ひとつの情景が完成するまで一週間はかかるが、それまで誰もこの風呂で入浴することは無理だ。制作期間中は妻も娘たちも静かに何が完成するかを楽しみに待ってくれる。
 今日、新作ニューヨークの夜景が完成した。仏壇に線香を上げ、押入れから妻と娘たちを担ぎ出す。手足や腰を折り曲げ浴槽に座らせて、その中でシャワーをかけ服を脱がしてやる。浴室にピチャピチャと三人の嬌声が響く。
 落ち着いたら私も服を脱ぎ浴槽に入る。一番小さい次女を抱っこして、肩までぬるい湯を満たし、アロマ液を少し垂らすと、世界のどこにもない家族の時間が香り立つ。胸一杯に吸いこむと、向かいで妻はうっとり微笑んでいた。

(了)

 

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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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