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祖母の笑顔 (作:丸山政也) <希望の超短編>

 会社員のTさんの話である。Tさんは震災後、連日報道される凄惨な被災地を見て、ボランティアに行くことを決めたのだという。余っている有給休暇を利用して、会社を休んだ。鈍行の電車に乗って、ようやく被災地に降り立ったTさんは、想像を超える被災地の状況に愕然としたという。

「被災地の匂いとか、被災された人達の本当の嘆きはテレビなんかじゃ分からないんです。来てよかったと思いましたよ。でも東北の人達は被災しているにもかかわらず皆さん本当に暖かいんです。ボランティアに来たこっちが頭が下がる思いでした」

 Tさんに割り振られた仕事は、津波被害に遭った、ある家屋の泥の除去作業だった。Tさんが着く前日、その家屋から、その家に住む祖母と孫の遺体が見つかったのだという。二人の遺体が見つかったとき、発見した者や遺族達はみな声を上げて泣いたそうである。祖母がまだ幼い孫をしっかりと守るように抱き締めていたからだった。

 Tさんはその話を聞いて、心が張り裂けるほど痛くなった。こういう話は被災地では決して珍しいことではないかもしれない。テレビで取り上げられたとしても、それは何万分の一の死に過ぎないのだ……。

 Tさんは丹念に一階部分に溜まった磯臭い泥を搔き出していった。幸い家屋はしっかりと残っているので、遺族がその後も住み続けるらしい。全壊や半壊してしまった家が多い中、この家が残ったのは亡くなった二人が守ってくれたのではないかとTさんは思ったという。

 その時、真黒な泥のぬかるみから、額に入った一枚の写真が出てきた。綺麗な水で泥を洗い流すと、それはこの家の亡くなった祖母と孫が写った写真だった。着ている洋服の感じからして、つい最近撮ったものではないかとTさんは思ったという。

「お婆さんがお孫さんを抱いて笑っているんです。亡くなったときと同じように。でも本当に幸せそうな顔で……。きっと向こうの世界でも同じように笑いながら、ご遺族を見守っているんだと思います」

 Tさんは無事ボランティアを終えて、仕事に戻ったはいいが、孫を抱いた祖母の笑顔がどうしても忘れられないという。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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ジャンル : 小説・文学

ベランダの向こう側 (作:三里アキラ) <希望の超短編>

 部屋の明かりを消した。最初真っ暗だったけれど、月明かりもあるし、次第に目は馴染んで見えるようになった。
 窓を開けた。夕立のおかげで少しひやりとした空気が流れ込む。ここは田舎なので車の音はそんなにしない。

 犬が吠える。わんわんわんわん吠える。
 遠くから救急車のサイレンが聞こえる。近づいてはこない。

 私はパジャマ姿でベランダに出る。
 今日、嫌なことがあった。このまま闇に溶けてしまいたいと思っていた。
 けれど、闇だけじゃなかった。空には月と星があって、外はちゃんと明るかった。
 ベランダの向こう側は絶望じゃなかった。

 犬が吠える。わんわんわんわん吠える。
 まるで私を元気付けようとでもするように。
「うるさいよっ」
 明るい声で言えたので、もうお布団に入って明日のために、寝よう。

(おわり)


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ゆっくりと、普通に (作:橋本邦一) <希望の超短編>

僕は毎日、六時ぴったりに起きる。隣に寝ているお母さんを起こさないように静かに布団をたたみ、顔を洗い、歩いて30分ほどかかる公園まで散歩に行く。高台にある公園からは僕のいる町を見渡すことができる。でもそこから見える景色は、僕の知っていた景色とは全然違う景色だ。地震と津波がみんなぶちこわしてしまった。僕は瓦礫の町を睨みつける。今は穏やかな海を睨みつけて、今日も普通に生きていくことを心の中で固く誓う。その後、僕は少し急いで避難所に戻る。朝ごはんが配給される時間に遅れないように。最近、お母さんの具合が悪いので、朝ごはんをもらうのは僕の係になっているからだ。
今日もお母さんの具合は悪いみたいで、おにぎりを一口かじっただけで横になってしまった。もうちょっと暖かいものならお母さんも食べられるのかも知れないと思うけど、僕にはどうしようもない。しばらくの間、咳こむお母さんの背中をさすってあげていたら、お母さんは眠ってしまったようだ。本当は眠ったふりをしていただけかもしれない。そうしないと、僕がお母さんの側を離れることができないからだ。
お母さんは気持ちよく眠っているんだと無理やり思い込み、僕は、体育館の隅に作られた小さな学習スペースに行った。遠くから来たボランティアのお兄さんたちが、僕たちの勉強を見てくれる場所だ。お兄さんたちは勉強だけでなく、いろんな話しもしてくれる。
僕は、まだこの避難所に慣れない頃、お父さんは必ずもどってくると信じていた頃、その時にいたボランティアのお兄さんの一人に意地悪な質問をしたことがある。
『なんで僕たちだけがこんな目にあうのか教えてください。誰かが言っていたけど、これって人生のハズレクジを引いたからもうダメってことなんですか?ダメならダメだって言ってください。頑張れとか、友だちだとか、忘れないとか言わないでください。僕たちはこれからも長い間、ここにいなければいけないんでしょ?お兄さんたちはいつかは帰る人たちでしょ?だったら今だけいい顔するのは辞めてください。こんな所で無理やりニコニコしながら、僕たちみたいなハズレクジの人間と付き合わないでください』
僕が顔を真っ赤にしてそう言うと、お兄さんは怒った顔をして僕を体育館の裏につれて行った。
『自分で自分を憐れむようなことは辞めなさい。それは卑怯なとだ。人間は弱い生き物だから自分に負けることはある。負けたらまた立ちあがればいい。だけど、憐れむことを覚えたら立ち上がることが難しくなる』
お兄さんの強い口調に僕はびっくりした。
『まだ小さい君にこんなことを言うのは酷かもしれないけど、今だからこそ分かってもらえると思うから言うよ』
お兄さんの真剣な表情に僕は返事ができずに固くなっていた。
『なんで君がこんなに辛い目にあわなければならないのか。それは誰にもわからない。人間は時にずるい存在だから、自分ではない他人が悲惨な目にあっている姿を見て、自分ではなくて良かったと思うことがある。悲劇の当事者になった人たちはなんで自分なんだと思う。当事者とそうでない人たちの差は、偶然と言う二文字がそこにあるだけなんだと思う。でも僕は、偶然は必然だと思う。そこには必ず意味があるんだと思う。もちろん、今の君は、こんなにも悲しくて辛い状況のどこに意味があるんだと怒るだろう。僕が、君に伝えたいことは、僕はそう思って僕自身の今までの人生を生きてきたってことなんだ。十六年前、関西でも大きな地震があったことは知っているかい』
僕はうなずいた。
『僕はその地震で両親を亡くして孤児になった』
お兄さんはそこまで言うとちょっと考えて、僕の目をじっと見て続けた。
『僕は、君と同じような辛い状況を生き延びてきたから君も頑張れ、とか言いたいわけじゃない。ただ君に、僕がどうやって今まで生き延びてきたかを伝えたいだけなんだ』
お兄さんが言う、『生き延びてきた』、っていう言葉が僕の心の真ん中に突き刺さった。
『はじめは僕も悲しみのどん底で落ち込むだけだった。なんで僕なんだって、そればかり考えていたよ。考えることに疲れるとそのモヤモヤは周りの人たちに対する憎しみになった。特に、ニコニコしながら頑張れって言うボランティアの人たちに対してね。わかるだろ』
僕は強くうなずいた。ボランティアの人たちは悪くない。いろんなことをしてくれるし、いろんなものをくれる。でも、なにか違うんだ。あの人たちは僕じゃないし、僕は僕なんだ。僕の気持ちは僕にしかわからないものだ。そんなことを考えている僕に、まるで僕の考えていることが分かったみたいに、お兄さんは言った。
『そう、君は君なんだよ。他の誰でもない。だから君が体験する全てのことは君自身の責任と意志で対応する問題なんだ。もちろん周りの応援は必要だ。君はまだ小さいんだからなおさらだ。でも、自分に責任を持つのは自分しかいない。自分の足で立ち上がるしかないんだよ。自分を憐れんでいる暇なんかないんだ。毎日が戦いなんだ。
君は普通の子供たちよりも早く戦いのリングに上がってしまったんだ。僕と同じようにね』
僕は考えた。お兄さんの言ったことを一生懸命に考えた。頭が痛くなるくらい考えた。僕は考え過ぎておかしな顔をしていたんだろう。お兄さんが笑って言った。
『ゆっくり考えればいいさ。ゆっくり、ね』
僕はそれ以来、お兄さんが僕に語ってくれたことばかりを考えるようになった。僕は自分を憐れんでいたんだろうか?自分の足で立つってどういうことだろう?自分を憐れまないことが自分で立ち上がることになるんだろうか?そのためにはどうしたらいいんだろう?お兄さんは、考えこんでいる僕を見つけるとそばにやって来て、僕の肩を優しくたたいて、
『焦るな。ゆっくりと、でいいんだ』、と言ってくれる。答えを見つけられないまま、もやもやした日々が過ぎていったある日、突然、お兄さんが違う被災地に行くことになった。お兄さんは別れ間際に僕と固い握手をしてこう言ってくれた。
『ゆっくりでいいから諦めないで必ず答えを見つけるんだよ。この人生は嬉しいことより悲しいことの方がたくさんあるように見えるけれど、それでも生きる意味がある。君自身の力でその意味を見つけて、強い男になってくれ』
僕はうなずくかわりにお兄さんの手を強く握りしめた。お兄さんも強く握りかえしてくれた。お兄さんがいなくなって、かわりのボランティアの人たちがきた今でも、その時の握手の感触はまだ残っているような気がする。僕はまだ自分の答えを見つけてはいないけど、お兄さんと別れてから、毎日の生活のリズムが少しずつ変わってきた。朝は六時に起きる。自分で布団をたたむ。町の景色が見渡せる公園まで散歩して、自分の気持ちにカツを入れる。急いでもどって朝ごはんの手伝いをする。できるだけお母さんのお世話をする。ボランティアの人たちに勉強をみてもらう。時間があればまわりの人たちのお手伝いをする。夜は早く寝る。単純なことだけど、僕は毎日をそんな風に普通に暮らしていけるように努力することを始めた。始めは気持ちがくさることもあったけど、あせらないで、ゆっくりと、普通にできることから始めたら、だんだんなれてきた。この場所にくる前、僕の家で、お父さんやお母さんと暮らしていた時の普通と、今の普通は全然違うものだ。でも、何が普通かは自分で決めればいいんだと、今の僕は思う。それは僕が自分の力でつかんだ僕なりの答えの一つだ。まだまだ小さな答えだけど、これからも僕は、ゆっくりと、普通に生きていくことを努力する中で、自分なりの答えを見つけていきたい。『この人生は嬉しいことよりも悲しいことのほうがたくさんあるように見えるけれど、それでも生きる意味がある』お兄さんが最後にくれた言葉だ。僕はまだ嬉しいことよりも悲しいことのほうが多い毎日を過ごしている。生きる意味はまだ見つけられていない。でも、必ず見つけてやるつもりだ。それが僕の戦いなんだと思う。僕が決めた僕だけの戦いだ。僕はきっとその戦いに勝つことができるだろう。ゆっくりと、普通に暮らす毎日の生活の未来で。

(おわり)


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初夏 (作:三里アキラ) <希望の超短編>

 目覚まし時計が鳴って、夏の女神がだるそうに右手だけ伸ばして止める。キャミソールにハーフパンツ姿で青いブランケットをかぶった女神は、まだと二度寝でもするのかうつ伏せで動かない。
 少しの間があって、もう一つの目覚まし時計が鳴り始める。女神は小さく呻き、それも右手だけ伸ばして止める。止めてまた呻く。長く茶色い髪が腕や顔に絡まるので、それが鬱陶しいのかもしれない。女神は伸びをして、諦めて金色の瞳を開き、むくりと起き上がる。
 立ち上がると陽射し。眩しい陽射し。
 洗面台の冷たい川で顔を洗った女神は、クローゼットを開け、明るい色の中から若葉のワンピースを身に付ける。風が吹き、萌木の香りが流れる。
 輝く命の季節。夏の女神はまだ眠そうに、世界が移ろい行くのを見つめる。

(おわり)


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うすべにの (作:鳥谷灯子) <希望の超短編>

 一通の手紙が届いた。差出人の名前はない。端正な白い封筒、生真面目な字の宛名、小さな鳥の切手に知らない土地の消印。私にこんな手紙を出す人物は心当たりがない。
 机の前に座り、はさみで封を切る。白い便箋には同じ生真面目な字が並んでいた。

 お元気ですか。私は蜜蜂を連れて旅を始めました。行く先々でれんげの花が咲き、美しい季節です。蜜蜂たちも喜んでいるようです。
 もう少ししたらそちらにうかがいます。あなたのお住まいは花畑から遠く、私は蜜蜂の世話があるためお目にかかることはできません。でも同じ春の訪れをともに祝いましょう。

 私は便箋から目を上げて窓の外を見やる。隣家の軒先に桜の花が咲いている。気づくこともないまま満開を過ぎていた。便箋には続きがあった。

 苦戦しながらウェブサイトを立ち上げました。どこよりも早く季節の蜂蜜をお届けできます。URLは次の通りです。
 でも直接お目にかかってお届けしたいというのが偽らざる本心です。花の季節と一緒に今年の旅が終わったら、よりすぐりの蜂蜜を一瓶持ってうかがいます。
 その日を楽しみに私は旅を続けます。あなたも、どうぞお元気で。

 手紙はそこで終わっていた。私は首をかしげる。これは新手のダイレクトメールか、それとも押し売りの予告なのだろうか。
 しかし、そんな強引さは感じられなかった。生真面目に書かれた〈あなた〉という文字の並びにこめられた親しさと距離。私をそう呼ぶ〈私〉を私は知らない。
 でも、いい。巡る季節を待つ楽しみができたというものだ。私は立ち上がり、玄関の掃除を始める。気の早さに一人苦笑する。かすかな風に乗ってはらはらと薄紅の花びらが舞う。

(おわり)


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sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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