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きみが外国から里帰りすると、祖国は蝶々の軍隊に制圧される寸前だった。祖国の情報がまったく入らない国に長いこと居たせいだ。まさか、あんなに小さく繊細な蝶々が驚異的な軍事力を持とうとは夢にも思わなかっただろう。だが現実に、いまきみは退廃した港町を出発し、分断された線路をたどって故郷をめざす他にない。陥落した砦の高台に立ち、風に背を押されつつ見渡せば、何千万という蝶兵に吸い尽くされた白い荒土が広がっている。
隣国に蝶兵制がしかれたのは、ほんの五年前のことだ。そして、極めて殺傷力が高い鱗粉の開発計画が進められたのもその時期だ。きみの国の兵士たちは、ひらひらと飛び交う蝶の可憐な姿に油断して、見るも無惨な大敗を喫してしまったのだ。
外交官である父親にくっついて隣国の菜畑を好き勝手に歩いていた幼き日のきみが思うほど、いまの蝶は弱くない。いまさらきみが先陣に立ち、祖国のために虫取り網を掲げようとも、この地上にきみの望む士気も資源もありはしない。
這いつくばれ、無力なるきみよ。思い出せ。命に等しい羽四枚を毟られ、青虫の姿に戻された者たちを。思い知れ。汗と血に汚れたその鼻先に、これほど美しく戦慄する生物がいることを。