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「日の出食堂」

 常人ならば骨まで凍るくらい冷却された屠畜所に、防寒具を着た老人が姿を見せた。床に転がる豚の首を掴み、目玉に宿る残留思念を鋭く観察する。知性の欠片もないものは即座に捨て、何がしか意志のあるものは巨大なドサ袋に詰めていく。もちろん彼は正規の許可を得た身である。普段だと二十のうち一つ当たりがあれば十分と言えるが、その日は当たりが多く、六個もの首を自分の工房に持ち帰った。
 豚の首をよく洗い、鼻を強引に押し込みながら全体を整形していく。特にのどの声帯はメスやハサミを使って入念かつ大胆に加工する。実はこの声帯加工こそ彼の至高の職人芸と言えるものであり、だからこそ各地から注文が絶えないのだ。
 三日三晩かけて仕上げた頭部を、頭のないヒトの体に据えつけ、神経繊維を一本一本慎重に接続していく。各部位の類似性はさることながら、知性があり清潔を好む豚の頭は、腐りきったヒトの頭のすげ替えとしてかなり重宝されるのだ。そして結合が完了し、数回の電気ショックで自律性を得た『ピグ・マリオ』は、朝焼けとともに遠方の街へ出荷されていく。
 仕事を終えた老人は、近所の食堂に入り、いつもの定食を注文する。朝から元気いっぱいに声をはる看板娘が小走りに寄ってくる。これは、非常に手間をかけた子鹿の頭による会心作だ。「ディア」という名を呼ぶと、つぶらな黒い瞳をうるませながら軽やかに微笑んだ。


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青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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