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「期限切れの言葉」

 二人で作った自慢の庭で、ツツジやシャガの花が一斉に開きはじめた。数年前は小さかった苗木が、今年はすっかり存在感を増していた。
 今の妻は、まだ土いじりに慣れない手で、自分が買ってきた好きなパンジーをせっせと植えている。
 縁側から一望すると、乳白色のフジが枝を伸ばし、そろそろ組み木の棚を欲しがっているようだ。きっとあれがここにいたら目を細めてそう言うに違いない――
 子どものいない私たちにとって庭は、心の住む場所だった。ここには恨めしいほど一年中絶えず美しい色があり、一度は孤独の深淵に沈んだ心を、時間をかけて照らしてくれた。

 今朝、検診に行った妻は先生に元気な心拍音を聞かせてもらったらしい。私の人生にこういう日が来るとは夢にも思わなかった。
「ありがとう」
 庭に向かって声をかけると、
「……こんな感じでいいよね?」
 晴れがましい笑顔でジョウロを左右に振りながら、少し控えめな言葉を返してくれた。


(了)

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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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