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ゆっくりと、普通に (作:橋本邦一) <希望の超短編>

僕は毎日、六時ぴったりに起きる。隣に寝ているお母さんを起こさないように静かに布団をたたみ、顔を洗い、歩いて30分ほどかかる公園まで散歩に行く。高台にある公園からは僕のいる町を見渡すことができる。でもそこから見える景色は、僕の知っていた景色とは全然違う景色だ。地震と津波がみんなぶちこわしてしまった。僕は瓦礫の町を睨みつける。今は穏やかな海を睨みつけて、今日も普通に生きていくことを心の中で固く誓う。その後、僕は少し急いで避難所に戻る。朝ごはんが配給される時間に遅れないように。最近、お母さんの具合が悪いので、朝ごはんをもらうのは僕の係になっているからだ。
今日もお母さんの具合は悪いみたいで、おにぎりを一口かじっただけで横になってしまった。もうちょっと暖かいものならお母さんも食べられるのかも知れないと思うけど、僕にはどうしようもない。しばらくの間、咳こむお母さんの背中をさすってあげていたら、お母さんは眠ってしまったようだ。本当は眠ったふりをしていただけかもしれない。そうしないと、僕がお母さんの側を離れることができないからだ。
お母さんは気持ちよく眠っているんだと無理やり思い込み、僕は、体育館の隅に作られた小さな学習スペースに行った。遠くから来たボランティアのお兄さんたちが、僕たちの勉強を見てくれる場所だ。お兄さんたちは勉強だけでなく、いろんな話しもしてくれる。
僕は、まだこの避難所に慣れない頃、お父さんは必ずもどってくると信じていた頃、その時にいたボランティアのお兄さんの一人に意地悪な質問をしたことがある。
『なんで僕たちだけがこんな目にあうのか教えてください。誰かが言っていたけど、これって人生のハズレクジを引いたからもうダメってことなんですか?ダメならダメだって言ってください。頑張れとか、友だちだとか、忘れないとか言わないでください。僕たちはこれからも長い間、ここにいなければいけないんでしょ?お兄さんたちはいつかは帰る人たちでしょ?だったら今だけいい顔するのは辞めてください。こんな所で無理やりニコニコしながら、僕たちみたいなハズレクジの人間と付き合わないでください』
僕が顔を真っ赤にしてそう言うと、お兄さんは怒った顔をして僕を体育館の裏につれて行った。
『自分で自分を憐れむようなことは辞めなさい。それは卑怯なとだ。人間は弱い生き物だから自分に負けることはある。負けたらまた立ちあがればいい。だけど、憐れむことを覚えたら立ち上がることが難しくなる』
お兄さんの強い口調に僕はびっくりした。
『まだ小さい君にこんなことを言うのは酷かもしれないけど、今だからこそ分かってもらえると思うから言うよ』
お兄さんの真剣な表情に僕は返事ができずに固くなっていた。
『なんで君がこんなに辛い目にあわなければならないのか。それは誰にもわからない。人間は時にずるい存在だから、自分ではない他人が悲惨な目にあっている姿を見て、自分ではなくて良かったと思うことがある。悲劇の当事者になった人たちはなんで自分なんだと思う。当事者とそうでない人たちの差は、偶然と言う二文字がそこにあるだけなんだと思う。でも僕は、偶然は必然だと思う。そこには必ず意味があるんだと思う。もちろん、今の君は、こんなにも悲しくて辛い状況のどこに意味があるんだと怒るだろう。僕が、君に伝えたいことは、僕はそう思って僕自身の今までの人生を生きてきたってことなんだ。十六年前、関西でも大きな地震があったことは知っているかい』
僕はうなずいた。
『僕はその地震で両親を亡くして孤児になった』
お兄さんはそこまで言うとちょっと考えて、僕の目をじっと見て続けた。
『僕は、君と同じような辛い状況を生き延びてきたから君も頑張れ、とか言いたいわけじゃない。ただ君に、僕がどうやって今まで生き延びてきたかを伝えたいだけなんだ』
お兄さんが言う、『生き延びてきた』、っていう言葉が僕の心の真ん中に突き刺さった。
『はじめは僕も悲しみのどん底で落ち込むだけだった。なんで僕なんだって、そればかり考えていたよ。考えることに疲れるとそのモヤモヤは周りの人たちに対する憎しみになった。特に、ニコニコしながら頑張れって言うボランティアの人たちに対してね。わかるだろ』
僕は強くうなずいた。ボランティアの人たちは悪くない。いろんなことをしてくれるし、いろんなものをくれる。でも、なにか違うんだ。あの人たちは僕じゃないし、僕は僕なんだ。僕の気持ちは僕にしかわからないものだ。そんなことを考えている僕に、まるで僕の考えていることが分かったみたいに、お兄さんは言った。
『そう、君は君なんだよ。他の誰でもない。だから君が体験する全てのことは君自身の責任と意志で対応する問題なんだ。もちろん周りの応援は必要だ。君はまだ小さいんだからなおさらだ。でも、自分に責任を持つのは自分しかいない。自分の足で立ち上がるしかないんだよ。自分を憐れんでいる暇なんかないんだ。毎日が戦いなんだ。
君は普通の子供たちよりも早く戦いのリングに上がってしまったんだ。僕と同じようにね』
僕は考えた。お兄さんの言ったことを一生懸命に考えた。頭が痛くなるくらい考えた。僕は考え過ぎておかしな顔をしていたんだろう。お兄さんが笑って言った。
『ゆっくり考えればいいさ。ゆっくり、ね』
僕はそれ以来、お兄さんが僕に語ってくれたことばかりを考えるようになった。僕は自分を憐れんでいたんだろうか?自分の足で立つってどういうことだろう?自分を憐れまないことが自分で立ち上がることになるんだろうか?そのためにはどうしたらいいんだろう?お兄さんは、考えこんでいる僕を見つけるとそばにやって来て、僕の肩を優しくたたいて、
『焦るな。ゆっくりと、でいいんだ』、と言ってくれる。答えを見つけられないまま、もやもやした日々が過ぎていったある日、突然、お兄さんが違う被災地に行くことになった。お兄さんは別れ間際に僕と固い握手をしてこう言ってくれた。
『ゆっくりでいいから諦めないで必ず答えを見つけるんだよ。この人生は嬉しいことより悲しいことの方がたくさんあるように見えるけれど、それでも生きる意味がある。君自身の力でその意味を見つけて、強い男になってくれ』
僕はうなずくかわりにお兄さんの手を強く握りしめた。お兄さんも強く握りかえしてくれた。お兄さんがいなくなって、かわりのボランティアの人たちがきた今でも、その時の握手の感触はまだ残っているような気がする。僕はまだ自分の答えを見つけてはいないけど、お兄さんと別れてから、毎日の生活のリズムが少しずつ変わってきた。朝は六時に起きる。自分で布団をたたむ。町の景色が見渡せる公園まで散歩して、自分の気持ちにカツを入れる。急いでもどって朝ごはんの手伝いをする。できるだけお母さんのお世話をする。ボランティアの人たちに勉強をみてもらう。時間があればまわりの人たちのお手伝いをする。夜は早く寝る。単純なことだけど、僕は毎日をそんな風に普通に暮らしていけるように努力することを始めた。始めは気持ちがくさることもあったけど、あせらないで、ゆっくりと、普通にできることから始めたら、だんだんなれてきた。この場所にくる前、僕の家で、お父さんやお母さんと暮らしていた時の普通と、今の普通は全然違うものだ。でも、何が普通かは自分で決めればいいんだと、今の僕は思う。それは僕が自分の力でつかんだ僕なりの答えの一つだ。まだまだ小さな答えだけど、これからも僕は、ゆっくりと、普通に生きていくことを努力する中で、自分なりの答えを見つけていきたい。『この人生は嬉しいことよりも悲しいことのほうがたくさんあるように見えるけれど、それでも生きる意味がある』お兄さんが最後にくれた言葉だ。僕はまだ嬉しいことよりも悲しいことのほうが多い毎日を過ごしている。生きる意味はまだ見つけられていない。でも、必ず見つけてやるつもりだ。それが僕の戦いなんだと思う。僕が決めた僕だけの戦いだ。僕はきっとその戦いに勝つことができるだろう。ゆっくりと、普通に暮らす毎日の生活の未来で。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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