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「ノドイモッ! の処方箋」

※予想通り物議を醸した茶林さんのショート作品「ノドイモッ!」を先に読まれることを推奨します。
また、本作は内輪ネタを多数含みます。あらかじめご了承ください。それでは張り切ってどうぞ。


 昔から「喉に通しても痛くないほど可愛い妹」などという言葉があるが、本当の妹なんて『うざい』の一言に尽きる。この格言を歴史に残したやつは妹なんかいなかったんじゃなかろうかとさえ考えてしまう。と、妹という属性で思索に耽っていると、ガチャリといきなり部屋のドアが開いた。
「ねぇねぇ、兄上、胸が育たないでござる」
 これが中二の妹である。バカ、お前ノックをしろ! と慌てて保健体育の自宅教材を妹の視界から隠す。薄い本? 動画サイトに決まってるだろそんなの。
「胸が3Dにならないでござるよ、にーにん」
 だからどうしろと。左が赤で右が青の二色メガネとかあり得ないぞ。もう外で遊んで来いよ。いや、この痛さだとそれも困るな。太ももの相談ならいくらでも聞いてやるが、胸のほうは不得意科目なのだ。だいたい僕は2Dでも愛せる。そういう男は将来たくさん出会えるよ。心配するな。
 ちなみに妹の語尾が忍者ハットリくんかぶれみたいなのは、順を追って説明すると、何でも先日、電子レンジでサツマイモのふかし芋を作ろうとして、手違いで感電して、芋津鞠斬之介(いもつまりざんのすけ)という侍の霊が乗り移ったらしい。
 最初は侍だったはずが、いつの間にか「拙者は世を忍ぶ存在になった」と開き直って兄をニンニンと呼ぶようになり、食事中にそれは止めてくれと頼んだら、元々の呼び方(呼ばせ方)であった「にぃ」と化学反応を起こして「にーにん」になった。いやむしろ核融合とか近未来素材みたいな感じである。
 そもそも感電少女というだけでも十分痛い属性がついたのに、中身が兄を「にーにん」と呼ぶ侍というのだから、こんなものが喉を通って痛くないわけがない。僕の目が白いうちは嫁に出せるわけがない。間違った黒いうちだ。
 さて、まったく話が進まないわけだが、設定の説明が終わったので、後はもう流れ作業みたいなものである。予定通り黄色いタコ型地球外生命体を殴り、ぺしゃんこにして、美女に囲まれるハーレムエンドを迎えるだけだ。これからそういう話をする。楽しみに聞いて欲しい。

 まずは目の前の妹だ。名は真降(まふる)という。親が勝手につけたんだ。便宜上ではない。
「昨日、昔の拙者ーーつまりは芋侍が夢枕に立ったでござる。大事な話があると」
 おっと、芋侍って自分で言ったよ? 真降の人格が混ざってるからか? だとしたら申し訳ないな……兄として。
 真降は口惜しそうに語る。
「拙者の宿っている身体が、胸が育たない奇病にかかったでござる。恐らく、拙者は巨乳にしか興味がない主義を一生貫き通したのに、この世で乳の小さい……失礼、未発達のおなごの身体に宿ったが故に、呪いが発動したのでござろう、にーにん」
 何か途中言い直したな。語尾のうざさは百歩譲るとして、巨乳絶対主義を貫いた侍って……何だその仇討ちに遭いそうなやつは。案外もうそこら中で袋叩きにされてそうだけど、まあ、いいか。何より不憫なのは妹の胸だ。たとえ巨乳に育たなくとも普通に成長する可能性は取り戻してやりたい。健全な兄の思いとして。
 考えがまとまったところで、中の侍に尋ねる。
「呪い? 参考までに聞くけど、どうやったら解けるんだ? 言っとくけど、いくらラノベ的だからって実の兄とキスとかエッチとか歯磨きとかダメだぜ?」
 真降はポカンとする。え、中の侍がポカンとしたのか?
「現世ではそうやって呪いを解くのが一般的でござるか? にーにん」
 んなわけないが。もう混乱してきて、こっちが自爆して赤っ恥をかいた感じになってしまったが、とにかく中の乳好き侍を追い出せば問題は解決しそうだ。というかこんな迷惑なやつ一刻も早く何とかしないと。
 霊的な問題による若い女性の奇病か……。机に向かい、ネットで調べ始めると、出るわ出るわ怪しげな専門家の名前が。これ占いとか宗教とか詐欺とかじゃないか? と疑いつつ、何とかまともに解決してくれそうな専門の医者を探し当てた。
「おい、真降、ここなら大丈夫そうだぞ」
 振り返ると、真降が背後から抱きつきかけていた。真降は、駐車場で目が合った猫みたいにハッという表情をする。待て待て、いまお前の中身はどれだ。妹か、侍か、真降の元の人か。いやどれでもマズイだろ。
「兄上、やっぱり頼りになるでござるっ! にーにん!」
 侍の線だけは消えた。分かった。分かったから。
 いいか迷言を残した先人よ、悔い改めよ、肝に刻め。本当の妹なんて『うざい』の一言に尽きるのだ。

 いよいよ本題。
 若い女性の奇病を専門として少し名の知れた先生がいた。名は不二という。医者でふじなど縁起でもないが、先生の場合は関係ない。ネット情報では、年は三十過ぎと若いのだが、面相は恐ろしく老けている。先生の病院に行くと、近所のお年寄りが喉に通りやすい煮物などを渡して気遣ってくれる様子を見かけた。
 お年寄りに好かれる人に悪い人はいない。そう思って、診察室で正直に経緯を説明する。不二先生は「中学生は久しぶりですね」とつぶやきながら親身に聞き入ってくれるが、肝心の真降は先生のそばに立つ看護婦の胸に見入っていた。
 変わった名前なのかと名札を見ると、「菜乃葉」という苗字か名前か分からない感じだったが、たぶん中の侍がナース服に包まれた胸のサイズを目測しているに違いない。こんな具合に、奇病は明らかに妹の日常生活に悪影響を及ぼしていた。
 説明を終えると、不二先生は神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。
「失礼ですが、黄色いタコ型地球外生命体の話はどうなりました?」
 あっ!
 という顔を思わずしてしまった。隣りの真降はもう看護婦の胸から興味を失っている。どうやら普通サイズだったようだ。僕はいったい何を気にしてるんだ。とにかく先生の質問に答えないと。
「タコ型ですか。そ……それは、妹の中にいるような気も、いないような気も、いや今頃どこかで干されてたり加熱されてたり裁断されてたりする予感もするんですが……」
 先生は穏やかに苦笑いする。
「まあ、仮にタコの話をされても、宇宙人による奇病は専門外ですから、よそに紹介状を書いてあげる程度しかできませんが」
 そういう専門医とかいるんだ。タコ相手なら実力行使でも良いような気もするけど。
 トン! 先生は長い指でカルテを叩いた。
「幸い、回り道せず、ここで対処法をお伝えできますよ。妹思いのお兄さん」
「あ、ありがとうございます」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「菜乃葉さん、照華さんと梨伊さんもここに呼んでください」
「はい!」と看護婦は元気に奥へ小走りに向かって行った。すぐに看護婦が三人揃ってやってきた。懐かしいアイドルの登場みたいな乗りだ。みんなナース服だが、ちょっとおかしい。その上にエプロンを着けている。
「きゃー! 妹さん可愛いー!」と一気に賑やかになり、きゃっきゃうふふと取り囲まれた。なぁ、この先生、というかこの病院、信じていいんだよね……?
 菜乃葉さんから僕たちにも華麗にエプロンが配られる。
「はいっ、妹さんのも! お兄ちゃんのも!」
 勢いに負けて着ることになった。どういうことだこれ。さすがに真降もちょっと挙動不審になる。当然と言えば当然だ。
「ねぇねぇ、これって何が目的でござったか? にーにん……」
 真降あるいは芋侍どちらの本心だろうと、真っ当な疑問だった。
 だが、こちらのペースは構わず、
「さっ、すぐに用意するからね。妹思いのお兄ちゃん」
 照華さんという名のウサギ柄のエプロンをした看護婦が慣れた手付きでサツマイモを洗い始めた。
「手抜きせず、美味しくふかさないとねー。妹思いのお兄ちゃん」
 梨伊さんという名のなぜかフード付きのナース服を着た看護婦が、蒸し器を準備している。えっと、ここ診察室だよね?
 ただ、きれいな年上女性たちに何度もお兄ちゃんと呼ばれて、かなり気恥ずかしくもありつつ、だんだん気分が高揚するようになったことは、妹には内緒だ。
 その傍らで、不二先生は軽やかに腕組みしながら様子を見守っていた。
「妹さんが奇病を患った原因は、芋が喉に通るように電子レンジでやったら失敗したことです。ふかし芋は蒸し器に限ります。年寄りの知恵は素直に倣うものですよ。さ、お兄さんも手伝ってください」
「あの、料理なんかで……?」
「治す方法を、言いましたよ」
 そして、処方箋を渡された。きちんとご利益がありそうな模様が刷られた清らかな和紙に書かれていたのは、ふかし芋のレシピだった。

 先生いわく、ふかしとは不可視でもある、と。つまりは霊体だ。また、ふかしは空振り、すなわち正しくやれば呪いの失効になると。
 それと、ふかしは不可死でもあり、不死は不二なので、先生自身もふかし芋が大好物で、作り方は近所のお年寄り直伝だから絶対に保証する、と。
「後でちょっといただきますよ。よろしく頼みますね」
 先生は、看護婦たちに調理を任せつつ、途中楽しそうにちらちら覗きながら、診察室に立ちこもる美味しそうな湯気を堪能していた。
 そして、完成した手作りふかし芋は、冬にぴったりで、心温まる最高の優しさと甘さだった。不二先生もうんうんと実に満足げにホクホク食べている。
 それはいいとして、何を血迷ったか、看護婦たちは兄として真降にふかし芋をあーんしてあげなさいと煽り、僕は顔を真っ赤にしながら一応従った。蒸したての芋をスプーンですくい、ふうふうして妹の口に運ぶ。真降がモグモグゴックンすると、何とすぐに口調が元に戻ったのである。
「なぁ、ちょっと、にぃ」
「おっ? お、おおぉ……?!」
 乳好き侍のもたらした最低な呪いはちゃんと解けたのだ!
 やった! ふかし芋を乗せたスプーンに思わず力がこもる。真降が元通りにーー
「なぁ、ダメッ、熱いって! こんなに一気に食えるわけないだろぉ! クソバカにぃ!」
 不二先生も看護婦たちも一瞬目を丸くしたが、いや、これでいいのだ。これでいいのだ。これが日常だ。
 本当の妹なんて『うざい』の一言に尽きるのだ。


 結局、黄色いタコ型地球外生命体はどうなったかって? まったくスルーするのが一番の始末方法なんじゃないの?
 つまり、そんな存在を忘れたり思い出さなかったりで、先生たちに芋代を払って深々とお辞儀をし、二人で帰路に着いた。
 途中、真降から思いがけず「蒸し器ってうちにもあるのかなぁ」などと聞かれたが、どうせ料理なんかしないだろと苦笑いし、もう胸の相談なんかするんじゃないぞ、と頭を少しこづいて帰った。

(おわり)




お読みくださり、ありがとうございました。
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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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