スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あったかい (作:大谷マサヒロ) <希望の超短編>

 こんな能力、仮病くらいにしか役立たないと思っていた。
 山にでも登ろうか、と言い出したのは俺の方からだった。
 春の到来を予感させるような暖かさで、窓からはハイキングにちょうどいい山がくっきりと見渡せた。それにもしかしたらしばらくは二人でどこかに出かけるということもできなくなるかもしれない――そんな思いから出た気まぐれな言葉だった。
 けれどそんな気まぐれが油断を呼んだのか、俺達は遭難する羽目になった。足を滑らせ、山道から落ちてしまったのだ。
 山にたどり着いたのが昼過ぎで、そろそろ降りようと思い立った時には空が茜色に染まりかけていた。
 二人とも軽装で、余分な食料は持っていない。枝葉に覆われた世界は足元すら見分けるのが困難だった。山が闇に染まるごとに寒さを増してくる。俺は震える妻に自分の上着をかけ、強く抱きしめた。
「あったかい」
 妻はそう言った。
 上着のことじゃない。
 俺が彼女に触れている部分について言っているのだ。
 熱を分け与える能力。俺には生まれつきそんな力を持っていた。
 確かに興味深くはあるが、使い道と言われればほとんどない。学校を休みたい時に体温計に使ったくらいで、俺自身ですら忘れることもある。
 でもそれが――
「――こんな時にな」
 なに、と尋ねてくる妻に、何でもないと応えた。熱を失った足先の感覚はすでになかった。
 山の夜は早くて長い。もっと太っておけばよかったかな、と自分の体型に神経質だった自分を嘲った。
 感覚の消失は足先から腰、それから胸へと迫ってきていた。もう少し、もう少し、と自分に言い聞かせながら熱を送り続ける。妻の寝顔は安らかだった。これなら目覚めたあと、きちんと歩くことができるだろう。
 意識が朦朧とし、視界がぼやけた。もはや妻の額に当てている右手だけが俺のすべてだった。
――そして。
 ロウソクを吹き消すように俺の熱が消えた。
 火の消失とともに俺の意識も切れようとしていた。
 不意に熱を感じた。
 俺のものではない。
 外から与えられる熱だった。
 朝だ。
 間に合ったのだ。
 太陽がこんなにあたたかいものだと初めて知った。
 全身を包む熱が凍っていた俺の細胞に染み渡る。それでも俺の意識は消失に向かっていたが、途切れる寸前につぶやくことだけはできた。
「あったかい」

                   ◇

「ほら、ここなんかあなたそっくり」
 そう言われて、俺は妻の指先にある口元を見つめた。
 正直なところ、よくわからなかった。
 だけど俺は知っていた。
 目の前にいるこの小さな存在が、まちがいなく自分の子どもであることを。
 あの日、目が覚めるとまだ太陽は姿を現していなかった。俺がその不思議の理由を知ったのは三ヶ月後。そしてその正体が、いま目の前にいる。
「ありがとう」
 ベッドに横たわる小さな太陽は、俺を不思議そうに見つめている。伸ばしてきた手に人差し指を当てると、きゅっと握ってきた。
 それは、あの日と同じあたたかさだった。

(おわり)


著作権は作者にあります。
スポンサーサイト

テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリー
ブログ内検索・作者検索
プロフィール

sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

後輩書記シリーズ公式サイト

ビジター数
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。