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ナナフシと小鳥 (作・立田) <希望の超短編>

ナナフシと小鳥(絵:きむろみ)
(絵:きむろみ)

名は体を表すというが、ナナフシは手足ばかりひょろ長くてまったくの非力だった。だから何をしてもうまく役に立てた試しがなく、気を失った美しい小鳥を泥から掬いあげた時も、小鳥が意識を取り戻した途端に思いきり突つかれ、ペンチのような嘴で指先の肉をひきちぎられそうになった。
「痛ェ!!」
ナナフシは絶叫したが、そこで手を離すほどの反射神経もなかったので翼の汚れを拭って包帯を巻く作業を続けた。小鳥はしばらく暴れていたが、じきにその体からはくたりと力が抜けた。ナナフシが慌てて心臓のあたりに耳を当てると、とくとくとく、と少し早いけれども規則正しい音が聞こえた。ナナフシはいたく安心し、不器用ながら手当を続けると小鳥をティッシュを敷いた箱に丁重に寝かせた。

次の日の朝早く、ナナフシは不規則な羽ばたきの音で目覚めた。
「元気?」
箱の蓋を開けながら聞くと、中から弾丸のように飛び出た塊がナナフシの横っ面に激突した。
「元気なわけないでしょこのうすらボケ、いいえアンタには『うすら』すらもったいないわ、それともその髪うすらわしてやりましょうかこの超ド級ボケ!」
小鳥は美しい羽に包まれた体を反らして立ち、怪我の痛みと群からはぐれた不安感と空腹感からナナフシに理不尽極まりない八つ当たりをした。ナナフシは実際小鳥の振舞いに腹が立たなかったわけではないのだけれども、とりあえず片手で頭をガードしつつ、餌皿をそろそろと小鳥の方に押しやった。強がる小鳥の声が震えていたのと、自分のした手当ての正しさに自信が持てなかったから。
そして小鳥ががむしゃらに食料に突進したので、ナナフシはひとまず安堵した。ナナフシの辞書にはそもそも色々な言葉が足りなかったが、特に慰めの語彙は完全に抜け落ちていたのだ。

小鳥の胃が満たされ、翼の怪我が癒え、春が近づくごとにナナフシに対する小鳥の態度は軟化した。小鳥は枯木のようなナナフシの腕から肩へとぴょんぴょんと飛び移っては飛行のリハビリに励んだ。たまに歌の練習もしが、そちらの成果ははかばかしくなかった。というのも小鳥の喉からは一つの音しか出なかったから。それでも最終的に小鳥はナナフシの周囲を自由に飛び回れるようになり、ナナフシの情報を収集して暇をつぶした。
「ナナホシならずいぶんマシなのに」
ナナフシの名を聞いてからというもの小鳥は強く主張した。
「ワタシたちは迷わないようあの七つ星を目印にするのよ。食べるとこがほとんどない、まっずい虫よりよっぽどいいわ」
確かにあの虫はアンタにそっくりだけど。小鳥からのお墨付きに、ナナフシは笑顔ともとれる微妙な表情になり、暖かな青空を見上げた。それから、生まれて初めてナナフシが役に立てた美しい小鳥の背を指で軽く叩いた。
もう小鳥が旅立つべき頃合だった。
小鳥は首を深く傾げ、嘴で翼の付け根から何か小さくて丸いものを取り出した。
「魔法の種よ、ナナフシ。ちゃんと面倒見なさい」
小鳥はナナフシの掌に小さな種をぽとんと落とすと、別れも言わずに飛び立った。ナナフシは、最初から最後まで偉そうだった小鳥の羽根の煌めきが見えなくなるまで見送ると、空いた方の手で幾度もの脅迫に耐えぬいた髪を撫でた。

ナナフシは細心の注意を払って種を日当たりの良い丘の頂上の黒く柔らかな土に埋め、水を十分にやった。しばらくして出てきた双葉の形にはまったく見覚えはなかったものの、ナナフシはこの芽をとても大事にした。強風や大雨のときは、ナナフシ自身が覆いとなって守ってやった。穏やかな天候の時も、芽が動物に食べられるのを恐れるあまり丘で夜を過ごすこともあった。
そんな甲斐あって、芽はすくすくと育ち、いつのまにかナナフシの背と変わらないくらいの若木となった。見た目はブロッコリーそっくりだったので、乾燥セロリのようなナナフシと並ぶといささか奇妙な眺めだったが、それを指摘する者は誰もいなかった。
ある日、若木は密に生い茂った緑の葉の間に小さな白い花をつけ、その芳香は丘の隅々まで届いた。あんまり良い香りだったので、ナナフシは随分久しぶりに木の傍らに泊まることにした。

ナナフシは根元近くの窪みに身を丸め、空と瞼の裏が明るむにつれて眠りが去っていくのを感じていた。何か非常に良い夢を見たような気がしたが、花の香りを嗅いでいると思いだせなくても構わない気がした。
そして鳥の声がした。
どんなに偉そうにしていても、それしか歌えない小鳥の一音。緊張気味なのか棒読みのメロディですらうまくいかずに途中で掠れて消えてしまう。すると、隣から違う音がメロディを引き取ってみせた。それからもっとたくさんの声が主役を競いあうように。木から降り注ぐ美しい歌、そしてその中にはあの小鳥がいる。ナナフシは目を閉じたまま微笑んだ。
青く澄んだ空に太陽が昇るにつれて花の香は一層強くなり、枝に鈴なりになった小鳥たちは一羽ずつ高さの違う声で自由気ままに囀ずっている。ナナフシはすぐそこにある再会を想像しながら頑なに寝たふりをし続けた。もうちょっと、もうちょっとだけ。祝福の一日は始まったばかりで、まだまだ時間はたくさんあった。

(おわり)


著作権は作者にあります。
作者コメント:ぜひ参加させて頂きたい…と思ったものの、希望とは何ぞやを考えすぎて、2000字とちょっとになってしまいました。目安の二倍という体たらくではありますが、もしも宜しければご査収ください。
管理人コメント:貴重な作品ですので、このままアップしますね。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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