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てのひら (作:まつじ) <希望の超短編>

 悪魔の球あらわる。
 というのが、朝の電車に乗り合わせたおっさんの持っていたスポーツ新聞の一面の見出しで、車内からのぞく景色の太陽よりずっと上のほうでは、まがまがしい色をした球体が、何の不自然なこともないというふうに浮かんでいる。
 なぜかその姿があらわれる様子は誰にも目撃されることなく、昨日のいつからかずっとあんな様子なのだった。
 ニュースはこのことで持ちきりではあったが、ただ浮いているだけで目立って面白いことがないので、テレビドラマはいつもと変わらぬ時間に放映され、翌朝もみんないつもどおり会社や学校その他に向かう。
 なんかこわいよね。と、話す学生も、言うほどではなさそう、実際何事もなく一日が過ぎ、よく考えたら朝しかあの謎の球のことを気にしていなかったなと思い夜眠った。
 次の日、名前は知らないけど実は毎朝同じ電車の同じ車両に乗る例のおっさんのスポーツ新聞の見出しは「消える魔球」であった。野球の話ではなく、やはりあのあれのことらしく、たしかに今朝の空には太陽と雲しかない。
 かと思うと知らぬ間に戻ってきていたりする。
 魔球の輪郭は、ちろりちろりと動いて、生きているんじゃないかという気もするのだけれど、サイエンスなんとかいう教育チャンネルの番組の深夜特別版でも、ゲストの若手芸能人が同じようなことを言っていて、少しうんざりしてしまう。
 とはいえ、あの球に不安を感じる人は少なからずいて、終末論も飛び出した。
 こちとら終末どころか年末で何かと物いりなので、まったくもってそれどころではない。
 なにせクリスマスプレゼントで張り切りすぎたせいか先立つものがない。
 年始には、去年見られなかった劇が再演するので是非見たかったんだけどもなあ残念などという困った状況とはまるで関係なく、今度はあの球が喋ったという。
 近いうちに。
 と、それだけ言ったのらしいのだが、近いうちになんだというのか。
 わけがわからん。
「一寸先は闇だもの」
 と呟いてしずかに息を引き取ったうちのばあちゃんを覚えている。
 大丈夫、だいじょうぶ、と根拠のないまま言い聞かせる。いや、自分にじゃなくて。やはり多少は不安なのらしい。
 初日の出を彼女と並んで眺める。
 彼女が突然、見たかった劇のチケットふたり分をくれて驚いた。
 帰ったら、テレビで落語を見ようという話をした。
 元旦の空であのあれが、ちろりとゆらめいた。
 いろいろあったし、いろいろあるだろうけど、いい年になりますように。
 今年もよろしくお願いします。
 初日の出を彼女と並んで眺める。
 元旦の空であのあれが、ちろりとゆらめいたけれど、それはそれとしてふたり手をつないだ。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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