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煩悩大爆発 (作:高柴三聞) <希望の超短編>

悩みは誰にも訪れる。そう、誰にでも。そしてこの男にも例外ではなかった。一人の僧侶が苦悩の面持ちで、一人坐禅に打ち込んでいた。山奥のこの寺で、何日も何日も悟りとは何かと問い続けていた。
ところが幾日も座ったところで悟りはおろか、こともあろうに仏門にありながら目を瞑ると女性の胸が顕れて仕方がない。まあ、十代の頃から仏門に入ったから、今の時代に置き換えて考えてほしい。本屋さんの奥にある、エッチな本のコーナーを行きつ戻りつしていた思春期の青年が、頭を丸めて寺に入ったのである。むべなるかなと言ったところである。
生年僧侶の苦悩は日に日に増していく。こう、目の前のチチが、それこそ手を変え品を変え目の前に浮かんでくる。大きいのから小さいの、均整の取れたやつから右と左が微妙に違ってみたり、お椀みたいなやつからうらなりみたいなやつ。おまけに、女性も大柄なのから小柄なの、痩せた人から太った人。シチュエーションまで武家の後家さんとか、百姓の子娘とか、エトセトラエトセトラ。
しかし、煩悩に焼き焦がされるだけの青年僧侶ではなかった。雷の様な啓示を受け、すぐさま師のもとに走り寄った。老僧侶は青年に問いかける。
「ソモサン、生とは」
「セッパ、在るがまま也」
老僧侶は、むうと唸り、ゆっくり頷いて
「見事なり」と答えた。
 そう、ありとあらゆる乳を見つめ続け、とどのつまりは乳が好きなのではない。その女性そのものが大好きなのだ。その女性のあるがままの姿を受け入れて大好きなのだ。すなわち愛とは生とはあるがままを受け入れるのだ。と青年僧侶は気がついたのだった。この、青年僧侶後年「坊さんかんざしかうをみた」でおなじみの歌のモデルになったとかならなかったとか…。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、煩悩の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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