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黒い鞄 (作:石津加保留) <希望の超短編>

 久しぶりに暖かく心地の良い朝だった。近くのバス停から仕事場へ向かう時、大抵一人掛けのシートに座るのが私の習慣なのだが、珍しくガラ空きの誰もいない二人掛けのボックスシートに腰を降ろし、窓外の通行人の様々を何となく眺めていた。
 次の停留所で意外に沢山の人が乗り込んで来たのだが、どうも俗人と違う、なんだか浮いているオバサンをその中に見つけたのだった。
 蛍光ピンクのポロシャツに白いピタッとしたタイトなパンツ、首にオレンジ色のアニマル柄の巻物をして、幅広の顔に仕入先不明の大きなギラついたサングラスをかけている。キャスター付きの小さな黒い旅行鞄を転がしながら接近してきたかと思うと、「ああココ、ココ」と言いながらバカでっかい尻を騒々しく私の隣に下ろし、対面の空席にその鞄をドデンと放った。よく見るとその鞄は私の愛用しているものと同じで、何だか自分がそこに置いたように錯覚してしまう。大勢が乗り込んだので空席は私の対面する二人掛けシートしかない。その状況で、次のバス停から老夫婦が乗ってきた。
 老夫婦は近くまでやってきて対面に置かれた黒い鞄を見つめている。暫くの沈黙の後、困った老婦は私を睨みつけて「これ、あんたの鞄でしょう?」と言いながら私に放りつけた。手ぶらであった私のものだと推し測ったのだろう。隣のオバサンは終始無言で顔さえこちらに向けてはいない。仕方なく扱い慣れているそれを彼女に手渡すと、何の言葉もなく通路側の自分の脇に大事そうに置いた。対面する老夫婦は、一連の様子に私たちのことを親子だと思って見ているようだ。
 するとオバサンは、その鞄から音楽プレーヤーを取り出しイヤーフォンを耳にセットし、誰もが驚愕する程の高声で歌い始めたのだ。
「ケエ~セラア~セラア~ ラアラアラアラ~ラッセラ~ ディーリ~リリ~リーリリー セラアセラ~」とテキトーな歌詞とその声のデカさ、圧力たるや半端ではない。皆、ダンマリを決め込んでいるのだから。
 私は、状況をメモすべくパソコンを取り出し書き始める。
「あんた、それパソコン? 随分コンパクトなのね~。ねえ、それってもっと文字大きくならないの?私には全く見えないからもっと大きくしてよう」「残念ながら大きくならないよ」「いや、大きくなるはずよう、貸してごらんなさいよ」と勝手に私から奪っておきながら仕舞いには「ああ~やっぱ軽いわ~コレ」と言いながら私に返すと、再び歌い続けるのであった。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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