
遠征に出た蒸気船団が東方から銀を持ち帰り、城塞の中は待ちわびた女子供でにぎわった。凱旋パレードが鳴り、七色の風船が飛び、抜け目ない商人の声が往来にあふれる。群衆がまぶしげに見上げる巨大な船影の舳先には逞しい皇子の姿があった。皇帝もテラスまで現われて、息子の帰還を目に焼きつける。
皇子は出迎えへの挨拶もそこそこに、蒸気靴を履き、城壁にそって高く飛び上がった。ドーム型の屋根は真珠のように輝き、少しでも太陽熱を吸わないよう造られている。皇子はドームにただ一つの窓を尋ね、すばやく身を入れた。窓は一瞬しか開けてはならない。人影のない室内は高密度に蒸れていて、豪奢な調度品が虚静を紛らわす。
姉さん。皇子は肺胞のすみずみまで姉の粒子をじっくり呼び込む。帝国を守護する水と火の精霊が交わり、皇族で代々ひとりだけ産まれる蒸気体の皇女。輪郭も感覚器も声もなく、ほとんど質量のない彼女はこの密閉された屋根裏に一生を暮らす。
弟は姉の欲しがっていた大粒の紫水晶を掲げ、室内の気圧が昂揚していくのをじっと待つ。気管支は息苦しいほど粘りつき、彼女は見知らぬ外界の土産話を、弟の喉からためらいもなく絡め取っていく。
<了>
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