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風と彼女とYB-1と (作:30-06) <希望の超短編>

 右手のアクセルグリップを捻る。
 ランプの明かりに浮かび上がったスピードメーターの針が、50キロの目盛りのあたりを震えながら、更に右へと移動した。
 トンネルは嫌いだった。
 目の慣れない暗さで視界が悪いうえに、通常の道路に比べて車線が狭く、後続車の追い越しがギリギリの距離だ。
 でも、トンネルを抜けた時の開放感が好きだ。
 その先に拡がる景色に出会える瞬間が好きだ。
 全開だったアクセルを緩め、前方から接近してくる光のアーチをくぐり抜けた。
 わあ…
 ヘルメットのシールドの中で、思わず歓声を上げた。
 ぱっと開いた景色は、下りのワインディングロード。その道の先にあるこぢんまりとした漁村。そして、その先に拡がるエメラルドブルーに輝く海。
 彼方の海面にぽつりぽつりと小さな島々が浮かび、波は静かに陽光を反射してきらめいている。
 アクセルを戻し、エンジンブレーキだけで減速した。
 この景色。一気に走り去ってしまうのは、勿体ないような気がした。
 気がつけば、オートバイの速度は35キロまで減速していた。
 それでいい。
 前方になだらかな左カーブ。
 前後のブレーキをバランス良く利かせ、クラッチを握りシーソーペダルを後ろにひとつ踏み込む。
 エンジンは程よい音を立て、オートバイは静かにカーブを曲がってゆく。
 一人でこんなに遠くまで来てしまった。
 いや、一人じゃない。この小さなYB-1と一緒だ。
 兄が乗っていたYB-1。今は自分が乗っている。
 そんな事実が、信じられない夢のようだった。
 メーターケースに施されたメッキが、陽光を反射させてきらりと光る。
 ぎゅっと胸を締め付けられる、あの何とも言えない感覚が沸き上がり、ハンドルを握る手が痺れ始めた。
 突然、YB-1のメーターが、輝く海が、じわりと曇るようにかすんだ。
 あ… あれっ?
 かすんだ目を拭おうとして、思わずヘルメットのシールドを左手グローブで撫でていた。
 視界がどんどんぼやける。
 涙。
 やばーい…
 そう呟いた声も、既に鼻に詰まったものだった。
 車の離合用に設けられた、路肩の広い場所にYB-1を停める。
 下ろしたサイドスタンドに車体を預け、オートバイに跨ったままヘルメットを脱ぐ。
 優しい潮風が、滲んだ涙を拭ってくれた。

 ガレージの片隅で埃を被っていた、小さなYB-1。
 去年、もう一台の大型オートバイと一緒に、事故で死んだ兄が乗っていたものだった。
 自分も乗ろうと決意し、原付免許を取った。今はもういない兄に、少しだけでも繋がっていたかった。
 猛反対した母を 寛容な父が説得してくれた。
 ショップで整備してもらい、その時はじめてこれはヤマハ製で、ギターやピアノとは別会社で、オートバイを作っていた事を知った。
 これは旧式の2サイクルだと言われても、さっぱりだったけど。
 最初は何度も転倒した。ロータリー式ギアで不用意に一速に入り、エンジンブレーキにより後輪がロックし転倒してしまう。
 それでも乗りこなせるようになった。キックでのエンジン始動も楽に出来るようになった。
 週末ともなれば、決まってコイツと小さな旅に出る。

 防波堤に腰を下ろし、釣り糸を垂れているおじさん。
 おじさん、何か釣れる?
 思わず声をかけてしまった。普段は大変な人見知りなのに。
「さっぱりだよ。おじょーちゃん、その単車で来たの?かっこいいねぇ!」
 カッコイイって言われた。あたしの事かな?アンタの事かな?
 ワインレッドのタンクに手を乗せ、YB-1に訊いてみる。
 じゃねとおじさんに手を振り、ヘルメットを被る。
 傷だらけでピカピカの、小さなYB-1。
 今日はもうちょっとだけ遠くに行こう。
 あたしは大きく深呼吸して、キックペダルを踏み込んだ。

(おわり)


著作権は作者にあります。
作者コメント:厳しい寒さが続いてますけど、必ず春は来るさ。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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