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ユケム・リ (作:茶林小一) <希望の超短編>

 海底に棲まいし者たちにも避難勧告が出されたため、集団で疎開してきた。
 タオルを頭に乗せて温泉に浸かる俺の目の前では、鱗にまみれし者どもが酒を酌み交わして宴会をしている。音程がまったく合っていない声でテケリ・リ、テケリ・リと歌い踊る様は見る者のSAN値を激減させるに余りある光景で、すでに正気を失った俺は逃げ出すこともせずこれを眺めていた。
 深き者の一人が杯を差し出す。俺は受け取る。泡立つ紫色の酒が注がれる。社交辞令で、どこから来られたのですか聞くと、インスマウスからだと答える。いつまでご滞在ですかと聞くと、終焉までと答える。悪夢でしょうか。いいえ、どこでも。
 隣りに来た古き者がゆけむりカウンターを深き者に見せる。「ゆけむり」はこの前新たに設定された放射線量を示す数値だ。1ゆけむりが、一時間温泉に浸かっていた場合に浴びるのとだいたい同程度の放射線量を表している。これのおかげで、風評被害はかなり減った。
 この温泉は3.8ゆけむりと、少々高い。だが彼らは喜んでいるようだ。何でも温泉に浸かったことでダゴンに出世した者や、人間に戻れた者もいるらしい。
 近頃我らもお仲間が増えてね、と古き者が言う。指さす方を見ると、まだ半ば人間の皮膚を保っている男がいた。「あいつ、一番最初にあの辺りの作物を食うなって言ったやつ」
 人間をやめたのさ、と事も無げに深き者が言う。戻れるのだろうか。彼が戻ったとき、俺たちは許してやれるだろうか。そんなことを考えた。
 俺は杯を飲み干すと、銚子を手に取り、二人に差し出した。
 温泉のゆけむりだけが、俺たちをやさしく包み込んでいた。

(おわり)


著作権は作者にあります。
管理人コメント:疎開でしょうか。いいえ、いつでも。

下がったSAN値に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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