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桃ゼリー (作:瑞貴) <希望の超短編>

 少しだけ開けた窓の隙間から、柔らかな風が吹き込んできた。
 風は白と灰色と黒が混じった細い髪を揺らす。
 いつの間にか薄く小さくなったその人のぼうとした視線は空を見ていた。
「来たよ?」
 上体を起こすようベッドを操作した後、優しく指先で唇にまとわりついた髪を払ってやり、母は慣れた動作で壁際に押し込めてあった椅子を引き出すとギシリと座った。少し錆びの浮いたパイプ椅子だ。
「ほら、有紀。あんたも座りなさい」
 俯きながら母が示したベッド柵の間に腰掛けた。
 つんと臭う臭気が匂い袋を必ず身につけていた記憶の中のその人とはかけ離れていて有紀の気持ちを黒くする。
「ほら、好きだったでしょ?食べる?」
 ペリペリとフィルムを剥がした桃のゼリーにスプーンを突き立て「はい、あーん」と差し出す母。
 顔に開いた空洞に吸い込まれていくゼリーは、彼女がイヤイヤするように首を振るため端から零れ布団を汚した。母は「あらあら」と言うだけだ。
 俯きながら有紀は早く家に帰りたいと願った。
「ううぅ~」
 そんな有紀の前に枯れ枝のような白い指がフラフラと伸びてきた。ゼリーに塗れたベタベタの指から有紀はササッと逃げる。唸るように不満を現す彼女を有紀は無視した。
「どした?」
 自分を放って世話を焼く母に苛立つ。
「母さん?どうした?」
 二度目のどうしたで有紀は逸らしていた視線を上げ困惑した。
 彼女は何故かゼリーのカップを持った母の手を有紀の方へと何度も押していた。
 大したことのない力だろうけど、母は苦笑しながら有紀の手へとゼリーを渡す。
「たぁべえぇ」
 心臓がぎゅうと鳴った。
『食べな、ゆっき』
 それは彼女が小さい時に母に内緒でお菓子をくれるときの合図だったからだ。
 大好きだった。いつも優しく良い匂いのする祖母。
 その彼女はもういない。なのに。
「たぁべーな」
 こんな記憶だけは今も残っているのだろうか。
「……おばあちゃんのだよ?」
 そうっとゼリーを口元に運べば雛鳥のようにぱくりと開ける。
 やはり、口角から涎に混ざってゼリーが落ちるが、有紀はその様子をさっきほど汚いとは思わなかった。柔らかな桃を砕いてもう一口含ませれば、美味しかったのか祖母は笑った。子供のように無邪気に笑んだ。
「いぃしぃね」
『美味しいね、ゆっき』
 ああ、子供に戻ってしまってもこの人は自分の祖母だ。
 例え母の名を忘れても、有紀の名を忘れても、有紀の祖母はここにいる。
 過ぎし日に与えられたのはお菓子だけではなく確かな愛情だった。その愛情が今も祖母の中に変わらずあるなら、次は有紀が与える番なのだろう。
 母が有紀の肩にソッと手をおいた。
 有希は祖母のベタベタの指を握った。
 祖母は有紀の指を握り返しながらまた笑う。
 皺のある白い頬を風がサラサラと撫でていった。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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