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嘘をついた。 (作:鹿の子) <希望の超短編>

 本当のことは、なかなか言えない。

「ごめん。仕事が終わらない」
 彼からのメールにそう返す。

 嘘をついた。

 仕事が終わらないんじゃない。
 今日、職場でショックな事があったから。
 だから彼には会えないと思ったのだ。

 本当は彼に会ってその事を、私の気持ちを聞いて欲しかった。
 でも、私の動揺はどこか綺麗事な気もして、こんな事は言えないと思ってしまったのだ。

 嘘くさい、と。
 伝わらないと、思ったのだ。

 人に自分の気持ちを伝えるのは、難しい。

「了解。じゃ、次回。体に気をつけて」
 彼からのメールを読み、携帯電話を閉じる。
 胸に小さな罪悪感が生まれる。

 もう少し、話し上手なら。
 もう少し、心が強ければ。
 もう少し、素直なら。

 幾つかのもう少しがあれば、私は彼と同じ夜を過ごす事が出来たのかもしれない……。




 駅からの帰り、暗い夜道に白く浮かぶガードレールに見慣れたシルエットを見つけた。

「やぁ、お疲れさん」
 彼だ。
 彼が、ガードレールに腰かけている。
「あ、え。……なんで」
 メールを読み違えただろうか、と慌ててバックから携帯を取り出す。
「いやいや、間違っていないって」
 ガードレールから離れた彼が、私が出した携帯電話をそのままバッグにストンと入れた。

「俺、嘘ついたから」
 次回、なんて嘘ついたからと。
「そんな事言ったら、私だって」
 そもそもの始まりは、私の嘘だ。

 私はたっぷり十秒は黙った後、ぽつぽつと全てを話した。

 職場の上司から同僚への見当違いの非難と罵声。
 凍りついた室内の様子。
 そして、私も含め誰一人として、反論できなかった事実も。

 けれど、やっぱりそれはどこか綺麗事に聞こえた。
 どこか、自分は悪くない様な言い方になった気がした。

 人に思いを伝えるのは難しい。
 相手が好きな人なら尚更。

「ごめん。嘘ついて」
 私がそう言うと、「いいよ、ついても。嘘」と彼は言った。
 びっくりして彼の顔を見る。
 夜道で、彼の輪郭も少し闇にとけている。

「嘘をつかないって言う奴の方が、信用できないしさ」

 彼はそう言うと、ほれほれと手を差し出してきた。
 暗闇の中、私も彼に手を伸ばす。
 その手を彼は、しっかりと握った。

 途端、まるで充電するかのように私の体の中にエネルギーが満ちてきた。
 明るい光を感じた。

「ありがとう」
 私の言葉に、「はて。なんのことやら」と彼はうそぶいたあと、「ひとりじゃないでしょ」と言った。

「……ありがとう」

 私の二度目のありがとうは、私と彼の間の闇に、するりとけては消えていった。


(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

いつもいつも同じ様な事を書いてしまってごめんなさい。

鹿の子さんの作品を読むと家にオレンジの明かりが点くように心にポッと明かりが灯ります。そして涙が流れてしまいます。

これからも鹿の子さんの作品をゆっくり楽しみに待っています。どうぞお身体を大切に。

ありがとうございます!

ベルさま

こんばんは!
返信が遅くなり失礼しました(ぺこり)。

あたたかな感想をありがとうございます。

いろいろと不器用な私が、思いを伝える手段として選んだのが物語です。

ベルさまに楽しんでいただけて、本当に嬉しいです。

また物語を書く元気をいただきました。

たくさん食べて、寝て(って既にこんな時間…)、体力つけて物語をたくさ~ん書きますね。

ではでは!



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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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