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余白 (作:石津加保留) <希望の超短編>

 腰を屈めて門扉の周りに吹き溜まった落葉を、竹箒に寄りかかるようにして掃いている白髪の老婆に祖母の姿を重ねた時、現実の世界にもかかわらず錯覚に捕らわれた。
幸せに感じたのである。祖母が当然この世に生きているような気がしてほっとしたのだ。しかしふと気が付いて、すでにこの世に彼女が存在しないことに寂しさを覚えた。
 その老婆はただ毎日の日課である落葉掃きをしていただけなのだろうけれど、淡々としたその表情と、かつては機敏であったであろうが老いとともに余裕をもってするその作業を眺めていると、祖母の往生間際の落ち着いた全ての仕草が思い起こされた。
 母は私を産んで三年経ったころに精神を患って何処かへ行ってしまい、継母が現れるまで祖母に育てられた私は、何故か祖母に対して素直になれなかった。彼女が晩年をゆっくり過ごしている時期になっても、中継ぎで育ててくれたことにまったく礼を言えないでいたし、もちろん今では伝えようがない。教育熱心だった祖母は、まだ小学校に上がったばかりの私に毛筆を教えてくれたのだが、左利きである私は、要領をつかめないものだから毎日のように同じ文字を書かされ続けた。一文字毎に駄目だしされるから紙がなくなって、その余白部分を使ってまで書かされたのを記憶している。
 子供にとって同じ事の繰り返しから脱出できないでいるのは不自由極まりなく、近所の子供たちは歓声をあげながら飛んでは跳ねて、縄跳びかなんかをやっているかと思うと、どうもそれが気になって文字にも変調をきたし、その集中力の無さに駄目だしされた。もしかしたら祖母は、私の何度書いても変化する単純な文字を楽しんでいたのかもしれない。
 換気するために開けていたほんの僅かな隙間から、春も間近な南寄りの風が吹き抜けた時、窓際に立て掛けておいた祖母の旅先で撮った写真が、パタンと音と立てて倒れた。逝ったときの亡骸は幾分収縮し、乾燥していて彼女はそこにいなかった。そして私は泣きたいのに肝心の涙がなくて泣けなかった。
 父曰く、人は少しばかり謎めいていて、残された者に色々と想像を巡らせ、当時、あの時、きっとそうであったのではないだろうか、などと考える余地余白を残して去っていくものだと言う。祖母は私のためにも余白を残してくれたのだろうか。弔いの列中に並んでいた叔父に訪ねてみたら「勿論、私も君も余白だらけさ」と、口元に笑みを浮かべながら答えてくれた。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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