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スプーン、曲げてみせてよ (作:浅井健一) <希望の超短編>

 子供の頃、彼はスプーン曲げが得意だった。給食のとき先割れスプーンを何本も曲げて、その都度、先生からこっぴどく怒られていたけれど、私たちは羨望の眼差しで彼を見ていた。
 超能力者、なんて甘美な響きなのだろう。限界を超えたいと子供は思う。つまらない学校と、まばゆい物語を行き来する子供には、彼のスプーン曲げはただただ眩かった。
 私は、彼の幼馴染だ。で、今は妻だった。
 大人になればスプーンなんて指の力で曲げれてしまう。超能力者の素晴らしかった念力も、そう大したものではないと分かってしまう。子供の頃、彼は英雄だったが、相対的に今はただの人にすぎない。
「もう、ダメだ」
 と、彼は言った。
 普通の大人になって、一般企業に勤めて、不景気でリストラされて、ギャンブルで借金を抱えて、八方ふさがりな彼は、今にも自殺してしまいそうな表情をしている。私は妻でなければ寄せ付けたいとも思わない。でも、彼は私が愛した超能力者だ。
「もう、ダメだ。借金取りが来る。ヤクザも。家も、家具も、内臓も奪われる。だから別れよう」
「いやよ」
 私は首を横に振った。
「でも、どうするっていうんだ!」
 情けない声を出した彼に、私はスプーンを置いた。
「超能力、使ってよ」
「超能力?」
「得意だった……でしょ?」
 彼は何を馬鹿げたことを、という目で見たけれど、私は真剣だった。彼は大人になって魅力がガタ落ちしたけれど、私を夢中にさせた超能力は彼の中にまだあるはずだ。
「スプーンを曲げるように、この苦境から抜け出してみせてよ」
 私はそう囁いた。
 もし、何もできなければ、そのときは彼を捨てればいい。夫婦仲は、そんなに円満でもなかったし、私も疲れた。スプーン曲げなんて、くだらない能力だったと気付いたからだ。ちょっとした指の力の入れ方ひとつで、スプーンなんてクルクル曲がる。
 それでも、私は彼の超能力だけは信じていた。彼自身はもう自分に超能力があるなんて信じていないようだが、私は彼が何パーセントかでも奇跡を起こす可能性に掛けて結婚したのだ。
 私の言葉に、彼も頷いた。
「分かった。やってみる」
 彼はスプーンを持って、脳内の暗闇に向かって奇跡の合図を送りだした。
 何かが起こるのかしら?
 私は子供のころの気持ちに戻っていた。
 彼は叫んだ。
 スプーンはピクリともしない。
 やっぱり駄目だった?
 でも、彼は叫び続けている。その声は、関東からコルカタまでの蛍光灯を破裂させて、海底から見たこともない巨大な怪獣を呼び覚まし、空からは宇宙人のUFOの艦隊を呼び寄せた。
 どうやら世界は物凄いことになっているようだが、彼は両手に持ったスプーンに喜びの声を上げた。
「ほら、見ろよ。スプーンが銀製になってる」
 それ、前からそうだったわ、とは言わなかった。私の彼は超能力者。ちゃんと、今の苦境からは抜け出せそうだ。これからの苦境を語るには字数が足らないので、とりあえずはハッピーエンドにしてしまおう。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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