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やさしい嘘 (作:橋本邦一) ♪希望のポケット童話

桜の花が咲く公園で五歳くらいの女の子が、数時間前に「すぐもどるからね」といってさっていった母親を待っていました。日がくれてきても母はもどりません。女の子は母親がもどってこないことを予感していましたが、信じたくありませんでした。だから桜の花に聞きました。
「お母さん、もどってくるよね」
桜の花は少し迷ってから、やさしい声で答えました。
「きっともどってくるよ。今は事情があってもどれないかもしれないけど、いつかきっともどってくるよ」
それから女の子は、母親に会いたくなるとその桜の木の下にきて、その時抱えている悩みをつぶやくようになりました。
中学や高校の入学式や卒業式、進路のことやボーイフレンドのこと、就職のことや結婚のこと。
女の子は桜の木に語りかけながらどんどん成長して大人の女性になっていきました。
ある日、大人になった女の子は、昔の自分にそっくりな五歳くらいの女の子の手を引いて桜の木の下に来ました。
「この桜の木はね、お母さんのお母さんなの」
「なんで桜の木がお母さんなの?」
「いつでもそこにいてくれて、私の話すことを何でも聞いてくれて、やさしく包み込んでくれるから」
「でも、人間じゃないよ」
「人間だけが生きているわけじゃないの。虫だって動物だって草だって花だって生きているの。生きているってことは必ずお母さんがいる。だから、この桜の木は私のお母さんなの」
春の陽だまりの中、二人は桜の木の下でそんな会話をしていました。
桜の花はにこにことやさしく微笑みながら二人の会話を聞いていました。
年月が流れました。
昔、五歳だった女の子もおばあさんになっていました。
つえをつき、まがった腰をいたわりながら桜の木の下に立っています。
おばあさんは長い間、静かに桜の木を見ていました。
いろんなことを考えていました。
自分のこれまでの人生を思いかえしているうちに、誰かにほめてもらいたくてたまらなくなりました。
もちろん、ほめてもらいたい人はただ一人です。
「お母さん」
おばあさんは桜の花につぶやきました。
「よくがんばったね」
おばあさんの後ろでなつかしい声がしました。
おばさんがふりかえると、昔のままの姿のお母さんが立っていました。
遠い昔、自分が五歳だった時、ここで別れたお母さんが立っていました。
「お母さん。ずっと見ていたよ。いつもお前のことを見ていたよ。お前はがんばって生きてきた。えらかったね」
「お母さん」
その時、おばあさんは五歳の女の子にもどりました。
女の子は走っていき、お母さんの胸にとびこみました。
「お母さん、お母さん、お母さん…」
女の子は涙でぐしょぐしょになった顔をお母さんの胸にうずめて、今までずっと胸にためていたその言葉を思いっきりぶつけました。
お母さんはその言葉を、女の子の想いをやさしく全部受けとめてくれました。
「いい子だ。いい子だ。お母さん、ずっとそばにいてあげるからね。お前の話を全部聞いてあげるからね。だから安心して今はゆっくりと休みなさい。いい子だ。いい子だ。いい子だ。いい子だ」
女の子は、自分が泣いたとき、お母さんが背中をやさしくたたきつぶやいてくれたその言葉を聞きながら永い眠りにつきました。
風が吹いてきました。
桜の花がやさしく風の中をゆれています。
風にゆれた花びらはやがて、桜の木の下に横たわるおばあさんの体をやさしく包み込んでいきました。
お母さんがかけてくれる毛布のように暖かく、お母さんの愛のようにやさしく、桜の花びらはおばさんを包み込んでいきました。
日がかげってきました。
桜の木はすっかり花を散らしていました。
木の根元には桜の花のじゅうたんがありました。
そのじゅうたんは消えることなく、それからも一年中その場所にあったそうです。
不思議なことにそのじゅうたんの上にたつと、どんな人でもやさしい気持ちになれたそうです。

(おわり)


著作権は作者にあります。

未来に夢と希望を、そして灯火を。ポケットの中の童話。
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テーマ : 児童文学・童話・絵本
ジャンル : 小説・文学

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Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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