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ニャ面の男 (作:橋本邦一) <希望の超短編>

ある町に、いつも猫のお面をつけている男がいました。彼はどこにいくにも猫のお面をつけていたので、ニャ面の男と呼ばれていました。
ニャ面の男は今日もいつものように猫のお面をつけて、バイト先のある隣町へと出かけました。その町は広い公園に囲まれていて、若い家族たちがキラキラ輝く笑顔で住んでいるというイメージをアピールするために、光の町と呼ばれていました。しかし、光には影があるようにこの町には裏がありました。
平和で犯罪のない町としてのイメージを傷つけないために、警察が神経質なほどの取り締まりをしていたのです。時には罠まで用意して。
そもそも、彼が猫のお面をつけるようになったキッカケはその罠にはまったことが原因でした。
それは一年前のある日のこと、彼はバイト先に向かうために光の町駅で地下鉄を降りました。すると、改札の前に貧しい身なりをしたお婆さんがうずくまっていました。
周囲にはたくさんの人達がいましたが、誰もお婆さんには目も向けません。彼はちょっとためらいましたがすぐに自分の弱い心を叱咤して、お婆さんの側に寄り添い優しく声をかけました。
お婆さんはか細い声で、「カバンの中にある薬を飲みたい」、と彼に言いました。彼はお婆さんのボロボロになったカバンの中を探し、薬を見つけてあげましたが水がありません。「お婆さん、水を買ってきますからちょっと待っていて下さい」、と言い立ち上がりました。
改札の横にある自動販売機に向かって歩き出してすぐに、彼は後ろから肩を強い力でつかまれました。驚いて振り向くと警察官が二人立っていました。彼の肩をつかんでいる警官の1人が強い口調で言いました。『ひったくりの現行犯で逮捕する』。
それからのことは、彼もよく覚えていません。お婆さんを介抱しようとしていたことを涙ながらに主張しましたが、警察は彼の話しなどまるで聞かずに一方的な強い口調で彼が犯罪者であることを押し付けるのです。執拗に続く追求に彼はだんだんと真実と嘘の境目が分からなくなり、彼の優しい心がどんどん雲っていくと同時に彼の記憶も塗りかえられてしまいました。お婆さんが軽い痴呆症であったことも警察に味方しました。そのようにして、彼は光の町の警察の力で犯罪者にされてしまったのです。
初犯ということもあり、彼は短い刑期で出所することが出来ましたが、彼の経歴と心には大きな傷跡が残りました。出所してからの彼は、自分のアパートから外に一歩も出ることができなくなりました。自分以外の誰も信じることが出来なくなってしまい、外に出て他人と関わりを持つことが怖くて仕方なくなってしまったのです。そんな彼を優しく見守ってくれる人がいました。彼のガールフレンドです。彼女は、傷ついた彼の側に寄り添い、彼の魂を優しく見つめ包み込み、心の言葉で彼に語り続けました。

Just the way you are
今の貴方のままでいてください。そのままの貴方を私は愛しています。

その言葉だけを心の言葉で語り続けました。

半年がたちました。どんなに深い夜にも夜明けがくるように、氷ついた彼の心も彼女にだけは真冬の陽だまりのような弱々しい笑顔を見せるようになりました。
そんなある日のこと、彼女は彼に猫のお面を渡しました。
「このお面をつけてみて。このお面は貴方の心を傷つけようとする人たちの悪意を全て遮断してくれます。あなたへの愛の全てをこめて作ったお面です」。彼はお面をつけてみました。お面をつけると心が穏やかになったような気がしました。しおれていた気持ちに恵みの雨が降り注ぎ、立ち上がる勇気をもらったような気がしました。彼は彼女にもらった猫のお面をつけることで少しずつですが外に出ることができるようになりました。
世の中は悪い人ばかりではありませんでした。彼のバイト先は、彼の復帰を待っていてくれました。猫のお面をつけた彼をそのまま認めてくれました。彼は猫のお面をつけたままですが、昔と同じバイトを続けることができるようになりました。
このようにして彼は猫のお面をつけることで、社会と接点を持つことができるようになったのです。どこにいくにも猫のお面をつけている彼のことを、世間ははじめのうちは、「ニャ面の男」、とさげすみ笑っていました。それでも彼が毅然とした態度で猫のお面をつけながら真面目に毎日を生きている様子を見て、一人二人と、彼のようにお面をつける人たちが現れ始めました。やがて、彼の住む町の周りでは、お面をつける人たちの姿をあちらこちらで見かけるようになりました。犬のお面や馬のお面、うさぎのお面など、お面の種類は人様々です。彼のように心に深い傷を持ち他人が怖い人たちは自分の柔らかい心を守るために、思い思いのお面をつけるようになったのです。
やがて、お面をつけた人ばかりが目立つようになった頃、彼はお面をつけていることが馬鹿らしくなりました。彼は勇気をだして、猫のお面をはずしてみました。ひさしぶりに世間に対して自分の素顔をさらしてみました。はじめは目を閉じて、でもゆっくりと目をあけて周りの状況をドキドキしながら見回しました。様々なお面をつけた人たちが忙しそうに町を歩いています。それは、彼の目にはひどくこっけいな光景に見えました。彼はいつの間にか自分が笑っていることに気がつきました。そして、彼はもう、自分がお面を必要としないことに気がつきました。

彼は彼女の待つアパートへと急ぎました。
「ありがとう。君のおかげで僕はもうお面がいらなくなったよ。今まで本当にありがとう」
その言葉を伝えたくて、彼は走りました。
アパートに戻ると彼女はいませんでした。彼女の名を呼びましたが返事はありません。途方にくれる彼の心に彼女の優しい声が届きました。

Just the way you are
今の貴方のままでいてください。そのままの貴方を私は愛しています。

その瞬間、彼は気がつきました。彼女ははじめからどこにもいなかったことを。自分の心が作り出した幻だったこと。ともすれば叫びだしそうな気持ちを抑え、悶々としながら自らの手で猫のお面を作り続けたあの日々のことを。
彼は泣きながら心の中に住む彼女に語りかけました。
「ありがとう。これからもずっと一緒に生きていこうね」。
もちろん彼女はやさしい返事をくれました。

Just the way you are
今の貴方のままでいてください。そのままの貴方を私は愛しています。


(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

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sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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