スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「負けてたまるか」 (作:橋本邦一) <希望の超短編>

『おじいちゃんは悲しくないの?』
かみさんの墓を見つめていたワシに孫が言う。墓といっても瓦礫をよけて作られた共同墓地の中にある、猫の額ほどの小さなスペースだ。長年つれそったかみさんの遺体は、不遜な言い方だが、他の遺体に比べれば火葬してもらえただけましという状態だった。震災から八日後、やっと見つけた時には心底ほっとした。
『おじいちゃんはおばあちゃんが嫌いなんだ』
ワシが黙っているので、孫がしつこくからんでくる。
かみさんの墓を前に、涙のひとつも流さないワシの態度が許せないようだ。
見れば、綺麗な瞳から大粒の涙をポロポロとこぼして、真っ直ぐな視線で私を睨みつけている。
両親と祖母を亡くした今、彼の親族はワシだけだ。
七歳になったばかりの彼はこの現実をどのようにうけとめているのだろうか?
ワシは重い口を開き彼の目を見て言った。
『ちょっと話をしよう』
そうだ。ワシは彼にワシの気持ちを話さなければならない。八十年の人生でつかんだわずかな経験や感動をつたえなければならない。老い先短いこの身に鞭打ってでも、こいつを一人前の男にしなければならない。生まれついての口下手だとか言っている場合じゃない。

ワシは孫を連れて、この小さな村が一望できる見晴らし台にやってきた。以前はここから、貧しいが暖かさを感じる村の家々が、その背中を青い海に守られている穏やかな景色が見られたのだが、今、その村はもうない。見られるのは人間の営みなどとは全く関係なく、ただそこに悠然と存在する青い海と、村の残骸だけだ。
壊れかけたベンチに座り、ワシはその海を睨みつけながら孫に語りはじめた。
『お前はまだ七歳だ。だが立派な男だ。だからおじいちゃんはこれからお前に真面目な話をする。聞いてくれるか?』
孫は少し驚いた風だったが、真面目な顔で頷いてくれた。

『ワシはこの村で生まれこの村で育った。ほとんどこの村を出たことがない。だからこの村はワシの人生そのものだ。おばあちゃんもそうだ。ワシとおばあちゃんとは見合い結婚だ。そう言うと聞こえはいいが、親が決めた人と所帯をもっただけだ。昔はみんなそんなもんだった。でも、ワシは嬉しかった。貧しいが自分だけの家族ができたんだ。一生懸命働いた。朝から晩まで、それこそ休みなく働いた。おばあちゃんも愚痴ひとつ言わずにワシについて来てくれた。楽しいことより苦しいことの方が多かった。ワシだけじゃない。ワシたちの世代はみんなそんなもんだ。だが誰も文句は言わない。生きるっていうのは辛いものだ。ワシらの世代はみんなそう思っている』
そこまで話して孫を見ると、彼は真剣な顔でワシを見ていた。ワシは安心して話を続けた。

『もちろん、嬉しいこともあった。お前の父さんが生まれた時は嬉しかった。今でもこの腕ではじめて抱いた時のことを覚えている。柔らかくて壊れそうなので、こわごわ抱き上げたワシを見て笑ってくれた。ワシはその時はじめて、この世界には神様がいるのだと思った。そうでもなければこんなに素晴らしい生き物が生まれてくるわけがないと思った。それくらい感動したんだ。だから、ワシはさらに頑張って働いたよ。ワシががんばったぶんだけあの子のためになるんだと思えばいくらでもがんばることができた。がむしゃらに働いたおかげで小さな家を建てることもできた。大学まで行かせてやることもできた。所帯を持つ金も出してやれた。そしてお前が生まれた。その時も嬉しかったよ。初孫だ。嬉しいにきまっている。親っていうのは子供が所帯を持って、その子供が生まれた時になってようやく大きな役目を果たしたような気持になるんだ。それは誇らしくさみしい気持なんだ』
『さみしい?』
孫がはじめて口をはさんだ。確かに七歳の子供には難しい話しだ。だがワシはかまわず続けた。
『子どもは独り立ちした。もうワシとは関係ない一人前の男だ。ワシの仕事は終わった。簡単に言えばそんなさみしさだ。だからお前が生まれてから今までの五年間、ワシはぼんやりと生きてきたんだよ。だが、それも終わりだ…』
『何が終わりなの?』
終わりという言葉に反応したらしく、孫が心配そうな顔をして聞く。ワシは彼の目を見て言った。
『さっきお前はワシに、おばあちゃんが死んで悲しくないのかと聞いたな』
孫がうなづく。
『おばあちゃんのことが嫌いなのかとも聞いた』
もう一度うなづく。

『二十歳で所帯を持ってから六十年連れそったんだ。悲しくないわけがない。嫌いなわけなどあるわけがない。おばあちゃんはワシの体の一部だしおばあちゃんもそう思っていてくれていたはずだ。だから…』
突然、ワシは抑えていた感情の高波に激しく揺さぶられた。ワシはなんとか気持ちの高まりを抑え、言葉をつなげた。
『おじいちゃんの時代は男が泣いちゃいけない時代だったんだ。戦争で両親を失った。親戚の家でいじめられた。奉公先での厳しい修行、忘れた頃にやってくる震災。泣いていたらとても生きていけない時代を生きてきたんだ。これはお前の父さんも知らない話だが、父さんには弟がいたんだ。だが、生まれて半年で死んでしまった。ただの風邪だと思っていた。近くに医者もいなかった。気が付いた時には手遅れだった。その時ばかりはおばあちゃんと二人して一日中泣いたよ。だが翌日からはいつものように働きはじめた。休んでいる余裕などなかったし働いていないと、体をいじめていないとおかしくなりそうだったんだ。ワシらはそんな風に生きてきた。そんな風にしか生きられなかったんだ。だがここ数年は、そんな苦しい生き方も終わりだと思っていた。ワシはワシなりに精一杯生きてきた。あとはおばあちゃんと二人、のんびりお迎えが来るのを待っていればいいのだと考えていた』
ワシは立ち上がり孫に言った。

『ここから見える景色は現実だ。だが、ワシはそんなもの認めない。ワシらが身を粉にして作ってきた村が、こんなものであるはずがない。だからワシはもう一度生きることにした。この村を、この間までの村に戻すために、それ以上の村にするために、そして、お前を一人前の男にするために、ワシはもう一度生きることにしたんだ。
さっきはそのことをおばあちゃんに誓っていた。おばあちゃんは墓の中から言ってくれたよ。楽しみに待っています、と。そうだ。あいつはいつもワシのすることをニコニコしながら見つめていてくれた。ワシのいいかげんな約束を忘れないでいつまでも待っていてくれた』
いつの間にか、孫はワシの側に寄り添いワシの右手をしっかりと握りしめていた。ワシはその手を優しく強く握りしめて言った。
『おばあちゃんに誓った最後の約束が果たせたその時、ワシは思う存分に泣かせてもらう。それまでは…』
ワシは、目の前に悠然とただある海を睨みつけ、その後の言葉を心の中でつぶやいた。
『負けてたまるか』

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。
スポンサーサイト

テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリー
ブログ内検索・作者検索
プロフィール

sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

後輩書記シリーズ公式サイト

ビジター数
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。