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福井妖怪奇譚 後輩書記とセンパイ会計、永遠の若狭に挑む

 開架中学一年、生徒会所属、かわいい書記のふみちゃんは、時代が違えばオランダの本を日本で初めて翻訳し、西洋医学の本『解体新書』を作った杉田玄白(すぎたげんぱく)が藩医だった若狭(わかさ)の小浜(おばま)藩で、翻訳作業中の杉田玄白にお茶を入れる娘にだってなれたと思います。若狭というのは現在の福井県にある地名で、若狭湾という魚のたくさん獲れる海があるところです。ふみちゃんは小学生時代、日本の海を調べ、昔の若狭湾では魚以外に〝人魚〟も獲れて、もしも杉田玄白が見つけたら興味本位で解体していたかもしれないと学校で発表したことがあるほどの上級者みたいです。
 一方、そんなふみちゃんに半魚人と人魚の違いを聞いてみたら、長い話が始まってしまった一年先輩の生徒会所属、一応副会長のわたしは、英語が得意なのんびり屋で、福井県と言えば蟹が美味しいことくらいしか知りませんでした。
 七月五日、夏休みにはまだ入ってませんが、若狭湾の浜辺に立つと、穏やかできれいな海が広がっていました。波も静かで水が透き通っていて、まるで沖まで海の底が見えるようです。海水浴客の人たちはいましたが、ごった返すこともなくゆっくりと時間が流れ、みんな浜辺で楽しげにくつろいでいました。
「英淋センパイ、心地よい海ですね。人魚がいるというのも嘘じゃない気がしますね」
 更衣室で水着に着替える前のふみちゃんがわたしに笑いかけました。
「そうねー。あ、でも、ふみちゃん、人魚って夜の海辺で歌ってるようなイメージじゃない? こんな明るい昼間は隠れてて出てこないよ」
 わたしは一年間海外留学していたので、ふみちゃんより学年は一つ上の、年齢は二つ上で、外国の童話やディズニーの魔法とお姫様が出てくるファンタジーが好きなので、アンデルセンの人魚姫や「リトル・マーメイド」ならわかるのですが、旅行前にそう話すと、ふみちゃんは気を利かせて、昔の人が描いた日本の人魚の絵を旅行に持って来てくれました。でも、それは衝撃の絵だったのです。
 だって、日本髪で裸のふくよかな女性で、顔は〝おかめ〟みたいで、おっぱいも丸出しで、お腹のあたりから鯉のぼりみたいな鱗と尾ひれになっている姿でした。得意気なふみちゃんを前にして、わたしは言葉が出ませんでした。
 えっ、日本髪で海を泳ぐの? 胸はかわいい貝殻とかで隠さないの? 人魚って海の中で魚と戯れたり、人間の王子様と恋をしたりするんじゃないの? もっと優雅で美しい尾ひれじゃないの? これ、鯉のぼり柄のタイツじゃない? とツッコミどころ満載でした。
 なので、人魚がいるという若狭湾の町を勝手に小京都みたいなイメージを持ってたのですが、ふみちゃんとやって来た小浜市は民宿や民家やコンビニがある普通の町でした。
「ふみちゃん、そろそろ水着に着替えよっか」
「はい。あ、あの、英淋センパイ、聞いてください! 今回はスクール水着じゃないんです! 外でのスクール水着は卒業したんです!」
 ちょっと何を言っているのかわかりませんでした。聞けば何でも以前銀河さんと数井くんに誘われて川に行って渓流下りをしたとき、スクール水着を持って来てしまって少し恥ずかしい思いをしたそうなのです。ふみちゃんはどんな水着でもかわいいし、学年が違うからプールの授業で会わないのでむしろスクール水着はちょっと見たかったのですが、今日はどんな水着か聞いてみました。
「ビキニです! イオンでお母さんに選んでもらいました!」
 わたしは小学生低学年並みに背が小さいふみちゃんの頭をよしよしと愛でながら撫でました。ビキニって胸が大きい人向きなイメージがあるけど、大丈夫なのかな。
 と言うわたしも実は新しいビキニを買ってもらったのですが。わたしの胸はそこまで成長はしてないけれど、ふみちゃんよりは一応大きいです。
「えっ、ビキニにしたの?」
「お母さんもビキニが好きで、外で水着で勝負するならビキニにしなさいって。で、イオンの店員さんに聞いたら、最近は『シンデレラバスト』というサイズのビキニもあるから大丈夫と、フリルがついたかわいいのを薦めてくれました。大切なのは見せ方なんだそうです!」
 ふみちゃんはシンデレラというより親指姫みたいな可愛さですが、〝スク水からの卒業〟にやる気満々でした。ここに数井くんがいないのが残念だけど、せっかくだし、たくさん写真を撮って数井くんにいっぱい送ってあげようかな、と二人で更衣室に向かうと、先にふみちゃんのお母さんのあやさんと銀河さんが着替えを終えて出てきました。
 あやさんは〝Excellent(エクセレント)〟のE、銀河さんは〝Galaxy(ギャラクシー)〟のGだと聞いていましたが、二人が海を見て並ぶ姿は圧巻の眺めでした。
 あやさんの黒地のビキニは、赤い火の玉と卒塔婆(そとば)が描かれた独特なデザインで、こんな水着どこに売ってるんだろうと思いましたが、長い黒髪を後ろに一つ結びにしている姿に本当に似合ってました。あやさんは若い頃にふみちゃんを産んだそうで、まだ三十代ですし、肌つやも良くてかなり若く見えます。
 一方、銀河さんはアメリカ人みたいな星柄入りのビキニですが、ブラは白地に大きな青い星、ショーツは青地に小さな白い星が無数に散りばめられたデザインで、もうスタイルが良すぎて同性のわたしから見てもクラクラするほどでした。銀河さんにそういうアメリカンなデザインが好きなんですか? と聞くと、
「え、だって、小浜(おばま)来たんだもん。やっぱこういう柄でしょ!」
 と何だかよくわからないテンションでした。
 あと参考までに一応言うと、わたしはCでふみちゃんはAなのですが、銀河さんが言うには〝Cute(キュート)〟のCと、〝Angle(エンジェル)〟のAでいいじゃない、ということでした。ふみちゃんはシンデレラからエンジェルにクラスチェンジしたようで、確かにそのほうが合ってます。まあ……お、おっぱいの話はもうこれくらいにしましょう。ビキニだからそこに目が行って仕方ないとは言え、聞かせる男子たちも今日はいませんし。
「あら、ふみと英淋ちゃん、二人ともまだ着替えしてないの? さっさと着替えちゃいなさい。そんな普通の服じゃ、海での一分一秒がもったいないわよ」
 あやさんはわたしたちに微笑みかけながら言いました。銀河さんも同調します。
「ねぇ、今日はふみすけちゃんのビキニデビューなんだってね? 早く着替えて、お姉さんと一緒に砂浜を走りましょ!」
 銀河さんと一緒に砂浜を走るとか、すごく楽しいとは思うけど、胸の揺れ具合的に拷問です。ふみちゃんは一瞬沈んだ顔で苦笑いし、「やっぱりビキニはあれくらいじゃないと……イオンに騙された……」と地面に向かってつぶやいていたけど、たぶんイオンの店員さんもふみちゃん母娘がビキニを欲しがったんだし、罪はないと思うな……。
 わたしは気落ちしているふみちゃんの頭を撫でて声を掛けました。
「ふみちゃん、お母さんがあれだけスタイルいいんだから、大人になったら大丈夫だよ」
「英淋センパイ、そ、そうですよね。よし、胸が大きくなる食べ物を図書館で徹底的に調べて、体操とか頑張ります!」
 かわいいんだし数井くんもいつもそばにいるんだから、胸のサイズくらいで焦る必要ないと思うんだけどなーと感じつつ、とにかく更衣室で着替えを済ませました。
 ふみちゃんより先にわたしが着替えを終え、あやさんと銀河さんに眺められながら待っていました。わたしのは黒いビキニに白い薔薇のフリルがついていて、首にもフリル付きチョーカーを巻いたメイドっぽい感じで、水着店で一目惚れしたものです。これでトレー持ってジュースとか差し入れたら楽しいだろうな、とウキウキして親に買ってもらいました。
 あやさんはわたしの肌にも驚いたようです。
「英淋ちゃん、ほんと肌が真っ白ね。学校のプールとか休んでるの?」
「いえ、プールの授業はちゃんと出てますけど、肌が弱いので、日焼け止めを塗り残しがないように隅から隅まで重ね塗りするんです」
「お肌ケアばっちりなのね」
「まあ、お肌が腫れちゃったところを小さい弟たちに引っ張られたりすると痛いので」
 続いて、ふみちゃんの着替えが終わり出てきました。薄いピンクの大きなフリルが胸全体に付いたふわふわビキニで、襟元で紐をクロスしてうなじで結び止めてあり、髪留めもいつもの白リボンでなく髪をサイドテールにして水着とお揃いの色のリボンで結んでいました。
「わぁっ、ふみちゃん、すっごいかわいいよ! ちょっと記念に写真撮らせて!」
 恥ずかしがるふみちゃんを十枚くらい連写で撮り、ふみちゃんを思わずぎゅっと抱き締めて、たっぷり日焼け止めを塗ってあげて、いざ、美しい若狭の海へダッシュしました。

 この七月五日は「ビキニの日」なんだそうです。一九四六年の七月五日にフランスのパリでルイ・レアールという人が〝世界最小の水着〟としてビキニスタイルの水着を発表したのですが、この数日前にアメリカが南太平洋のビキニ環礁(かんしょう)で核実験を行ったことから、「ビキニ」と命名したらしいです。一九四六年は太平洋戦争終結の翌年なので、日本が終戦で悲しみに包まれている時代に、ファンションの都・パリでは新しいモードが登場したわけです。
「ふみちゃん、やっぱ戦勝国と日本はかなり雰囲気が違ったのかな」
「そうですね、日本にもビキニは一九五十年代に輸入されたそうですけど、終戦後でなかなか水着で海水浴という余裕もなかったでしょうし、一般に広まるのに二十年かかったそうです」
「戦後二十年かー。ベビーブームって言うんだっけ?」
「ねぇねぇ、きみたち、ちゅうがくせいが何を小難しい話をしてるの? 中学生なら思い切り海に入って百メートルくらい泳いで来なさいよ」
 まさかナンパかと思いきや、銀河さんにいきなり背中を叩かれましたが、実は海へダッシュしようと思ったけど足踏みしてしまった理由がありました。何やら浜辺を仕切るロープみたいなものが張られていて、その中でビキニ水着の女性がたくさん準備運動しているのです。
「英淋センパイ……あれって何かの撮影でしょうか? テレビカメラみたいなのを回してる人がいますね。あと、帽子とサングラスでイスに座った、いかにも監督みたいな人もいます」
「――あ、ほんとだ。ふみちゃんよく見えるね」
「私、身長が少し足りない分、視力がすごくいいんです。いろんなものが見えるんです」
 身長はあまり関係ないと思うけど、いろんなものが見えるのはどうも本当らしいのですが、とりあえず撮影の邪魔にならない場所で泳ごうとふみちゃんの手を引こうとしたら、一瞬早く銀河さんがわたしたちの手をグイッと引っ張って三角編成で駆け出していました。
「えっ、ちょっ、銀河さん! 撮影の邪魔になりますよ!」
「でもさ、ローズちゃん、『エキストラ飛び入り大歓迎』って看板持ってるスタッフがいるよ! これって行かなきゃ損じゃない?!」
 何が損なのかわかりませんが、好奇心に駆り立てられた銀河さんの突進力は止めようがありません。ちなみに、ローズちゃんというのはわたしのことで、変わった呼び方ですが、いつも薔薇の髪飾りを付けていて、今日は海なのでそれは外しましたが、水着に白い薔薇のフリルが付いているので、銀河さんはさっき「やっぱローズちゃんは海でもローズちゃんなのねー」と面白そうに言っていました。で、エキストラ募集の看板に着くと、スタッフの方は銀河さんの圧倒的ギャラクシーなビキニスタイルを見て「ワオッ! お姉さん、あなたもやりませんか?! てか、いつやるか? 今でしょ!」と前のめりな手振りで勧誘してきました。
「あたしはやる気なんだけど、この子たちもせっかくかわいいビキニだしね、未成年でも参加できるの?」
 待って、話が早過ぎる。戸惑う間に、スタッフは笑顔でバッチグーサインを出しました。
「保護者の方が了解でしたら、もちろん大丈夫です!」
「オッケイ! 聞いてくる!」
「えっ、えっ」
 わたちたちがイエスもノーも言う暇などなく、銀河さんは浜辺のパラソルで和んでいるあやさんに聞きに行き、あっと言う間に戻って来ました。ふみちゃんとわたしはただ目をパチクリさせていました。
「ふみすけちゃん、いいってよ! ローズちゃんも大丈夫って。特に、ふみすけちゃんは背が小さいから前のほうで写してもらいなさい、ってお母さん言ってたよ!」
 パラソルの下であやさんが「がんばれ~!」って感じで大きく手を振っている。銀河さんとあやさん――この組み合わせは初めてですが、ちょっと危険な匂いがしました。
「……ま、前のほうですか?」
 ふみちゃんもさすがに戸惑っていましたが、銀河さんが「ふみすけちゃん、こういう時こそ小ささに価値があるのよ!」という一言であっさり丸め込まれて、二対一になりかけたので、わたしは抵抗せず流されるまま頷きました。もしかしたらアイドルとかが来るかもしれないし、今日は自慢の水着だし、海の思い出としてもありかな、と思い直しました。
「決まりね! じゃあ、大人一人、子供二人でお願いします」
 銀河さんは遊園地のチケットみたいに言って、スタッフの誘導で多くのビキニ女性で賑わうロープの中に入れてもらい、エキストラの出番を待っていると、あまり待つもことなく拡声器で説明が始まりました。

 主演の女性タレントの準備が済んだようで、スタッフの人たちも慌ただしく動き始めました。ある大統領来日に合わせた小浜の観光PR映像撮影で、主演は小浜出身のグラビアアイドルで、彼女は〝永遠の十六歳〟と呼ばれているそうです。竜宮(たつみや)ヤオちゃんという名前でした。
「ねぇ、永遠の十六歳って十六歳なの? もっと上なの?」
 銀河さんが素朴でストレートな疑問をスタッフにしましたが、スタッフもタレントの素性は詳しく話してくれず、「彼女は永遠の十六歳なんですよ」とみんな笑って誤魔化すだけでした。十六歳ってことは高校一年か二年の年齢です。携帯でネット検索してみると、〝絶対老けないグラビアアイドル〟と言われていました。
「ふみちゃん、ずっと十六歳のままってすごいね。お肌のケアとかすごくしてるのかな?」
「英淋センパイ、そうですね……グラビアアイドルだから、もちろん力を入れてケアしてると思いますが、小浜出身で永遠の十六歳となると、何となく他の理由もありそうですね」
 ふみちゃんは少し神妙な顔つきで言いました。
「他の理由? 食べ物とか?」
「食べ物……そうですね、半分合ってるような、半分違うような……微妙なところです」
 何だかふみちゃんは、さっきから煮え切らないような表情を浮かべていました。エキストラ参加が不安になってきたのかな。そう言うわたしも少し気後れしてきていました。実は携帯で竜宮ヤオちゃんを検索してみたら、動画サイトで彼女のPVが八百万回以上再生されていて、わたしたちが知らないだけで結構有名人かもしれないし、今回のPVにもし自分の顔が写ったら日本中の人に八百万回見られるかもしれないのです。
「ヤオちゃんのPV、八百万とかすごい再生回数だな……」
「ん~、ローズちゃん、その顔はちょっとビビッてるね? 大丈夫よ、アイドルのPVなんて、エキストラの顔は誰も見てないわよ。例えば、ローズちゃんは男性アイドルの曲の動画を見てエキストラの顔を覚えてる?」
 銀河さんが不安を察してフォローしてくれました。
「まあ、そうですよね。考え過ぎですね」
「そうですよ、英淋センパイ、今まで食べたパンの枚数を覚えてないのと一緒です♪」
 人差し指を口元に立てながらドヤ顔で言うふみちゃん。
「……ふみちゃん、それはちょっと違うと思うけど、まあ、ふみちゃんがビビッてないんだし、わたしも頑張らないとね。後で弟たちに見せる記念動画って感じで行きます!」
 わたしは両拳をぎゅっと握って気合いを入れました。
 やがて撮影が始まり、動画サイトで見たよりもはるかにスタイルが良いビキニ姿のグラビアアイドル――本物の竜宮ヤオちゃんが手を振ってエキストラに挨拶してくれました。髪はセミロングで軽やかに海風になびき、鼻筋が通っていてまつ毛が長く、澄んだ大きな瞳をしていました。そして弾力溢れるおっぱいと見事なくびれで、これだけたくさんビキニ女性エキストラがいても全然埋もれることのない若さと美しさのオーラを放っていました。
「ヤオちゃん、ほんと美人ですねー。スタイルもいいし。この中でプロポーションで太刀打ちできるのは銀河さんくらいですね」
「そう? ローズちゃんも美人だし、プロポーションもバランスいいから、高校生になったらもっときれいに発達すると思うよ」
 発達! 銀河さんレベルとは言わないけど発達したい! というか、まさかわたしが褒められると思わなかったのですが、銀河さんは率直に言う性格なので嬉しくて照れました。
「ほ、ほんとですか。いや、でも、ヤオちゃんや銀河さんに比べると、すごく普通です」
「ローズちゃん、肌の露出を抑える服をいつも着てるけど、もっと見せればいいのに。カラダを人に見せればきれいになるってあれ本当よ」
 いや、でも、ビキニだけでも精一杯の度胸を絞り出しているのに、銀河さんみたいにいつもヘソ出しタンクトップとか、羞恥心の耐久力が足りません。
「銀河さん、わ、私にも何かプロポーションに関するアドバイスをください!」
 ふみちゃんが忘れないでと言うような勢いで銀河さんの手を引っ張った。
「そうね、お肉と大豆とキャベツをたくさん食べてね。お肉は美容にいいのよ。お肉の脂肪分は肌荒れやシミ、しわ、たるみを予防するの」
「お肉、大豆、キャベツ――あ、お母さんが味噌カツをよく作ってくれるんです。キャベツもたっぷりです」
「うんうん。お母さん、あんなに若く見えるし、スタイル維持してるもんね。なら、ふみすけちゃんも大丈夫♪」
 小さい子をあやすような言い方でふみちゃんの頭を撫でました。ふみちゃんはシンデレラが味噌カツの魔法でマーメイドになる日を夢見ているキラキラした瞳でした。
 音楽が鳴り、監督らしき人が拡声器で立ち位置などを指示していきます。曲はヤオちゃんの一番人気の曲で、タイトルは『エターナル・シックスティーン』で、本当にそのまんま永遠の十六歳でした。他のエキストラ女性の話では、この曲を八百回聴くと若返るという噂が密かにファンの間で広まっているらしく、どんどん再生回数が増え八百万回を突破したらしいのです。でも、曲を聞くと若返るなんて――元気になるとか癒されるならわかりますが、若返るというのはちょっと不思議な感じがしました。
 エキストラの役割は、ヤオちゃんが歌いながら飛んだり跳ねたりする後ろで目一杯はしゃぐという単純なものでした。ヤオちゃんに手を振ったり隣りの人とおしゃべりしたり楽しそうなら何でもいいという大雑把な指示で、監督は主役のヤオちゃんに動きや振付など指示を出し、三台のカメラがいろんな角度からヤオちゃんのきらめく笑顔を追いかけました。
 ヤオちゃんの歌唱力はすごくて、何でも昔あった小浜市の〝のど自慢〟的な地元イベントでNOKKOさんの『人魚』という曲を歌って十六歳で最年少優勝したそうです。ヤオちゃんの経歴も普通のグラビアアイドルと違って、お寺で尼さんをしているそうなのです。銀河さんは撮影の休憩時間にファンのビキニ女性たちと仲良くなり、そういう情報を聞いて驚き、わたしたちに教えてくれました。
「ねぇ、聞いて聞いて。ヤオちゃんて尼さんなんだってさ。でも、ボーズ頭にしてないよね?」
 ふみちゃんは首を横に振りました。
「銀河さん、違います。尼さんは坊主頭とは呼ばず剃髪(ていはつ)と言います。女性も頭髪を剃る方が多いですが、剃髪しない宗派もあると聞いたことがあります」
「へぇー、ふみちゃんはほんとそういうの詳しいね」
 感心する一方、ふみちゃんはより怪しむ顔になりました。
「……尼さんですか。これでますます〝人魚〟の肉を食べた可能性が高くなってきましたね」
 休憩時間にふみちゃんは日本の尼さんについてわたしに教えてくれました。尼さんは、戦後は三千人ほどいたそうですが、時代とともに減っていき、現在「全日本仏教尼僧法団」に加入している尼さんの人数は二五十名程度で、しかも高齢な方の割合が高くなっているそうなので、今後尼さんは消えてしまうかもしれない、という話です。
「ふみちゃん、何で減ってちゃったの? 出家が厳しいの?」
「いろんな理由があると思いますが、尼になりたい方が昔に比べて減ってるんだと思います。仏に身を捧げる一生を選ばなくなったんです。尼は経済的にも楽でないと言いますし」
「お坊さんって裕福なイメージあるけどね」
「それは檀家さんが多い寺院だと思います。尼さんはあまり檀家さんが増えないそうなので」
 ちょっと暗い雰囲気になってしまいましたが、銀河さんは首を突っ込んできました。
「ねぇ、ヤオちゃんのことをファンの子にまた聞いてきたんだけどね、ヤオちゃんは若い女性も尼さんをやってることを世間にアピールしたいんだって。なんか、おばあちゃんばっかりのイメージあるじゃない?」
 銀河さんの他人の輪への入り方は結構強引で驚きますが、ちょうどつながる話でした。ヤオちゃんはデビュー時は「尼さんがグラビアなんて」と蔑まれるのが嫌で隠してきたらしいのが、地元の人たちの応援もあり、最近は積極的に尼のことを表に出すようになったそうです。
 その後、順調に撮影が終了し、わたしたちの初めてのエキストラ出演は無事終わりました。スタッフの方々が列の整理をはじめ、なんとヤオちゃんが出演の御礼に福井名物の「羽二重餅(はぶたえもち)」をエキストラ全員に配ってくれました。ヤオちゃんの手作りらしく、ファンの人たちも盛大な歓声を上げ、きちんと列を作って受け取りました。羽二重餅がどんなものかわたしは知りませんでしたが、和菓子に詳しいふみちゃんは「羽二重餅は甘くてやわらかくて美味しいんですよ。お茶受けにぴったりです♪」とニコニコしていた。
 順番が来て目の前にしたヤオちゃんは、本当に永遠の十六歳という言葉がぴったりなほど、お肌がつやつやで瞳が輝いていて生き生きしていました。ヤオちゃんはわたしたちにどこから来たか聞いて、若狭湾に初めて来たと答えるとキラキラの笑顔を見せてくれました。
「今日は突然ありがとう! 若狭はいいとこでしょ? ゆっくりしていってね!」
「ヤオちゃんも頑張ってね! 尼さんのことも応援してます!」
 握手して、ちょっと美肌の秘訣を知りたいなーと思いつつ、羽二重餅をもらって御礼を言い、あやさんが待つパラソルまで帰りました。その後撮影の思い出を車中で話しながら、浜辺近くに予約してある民宿に向かいました。羽二重餅は手作りだし早く食べちゃおうと思い、ふみちゃんと一緒に開け、白くてしっとり甘い六枚入りのお餅をもぐもぐ食べ終わると、何だか元気になりました。というか、まるで赤ちゃんみたいにお肌がすべすべになったのです。
 わたしは不思議に思って自分の顔や手の肌を触ってみましたが、海に行って来たのがまるで嘘みたいにきめ細やかな肌になっていたのです。
「ねぇ、ふみちゃん、お肌がスベスベになったと感じない? ――あ、ふみちゃんはもともと赤ちゃん肌だっけ」
「英淋センパイ、違います。そんなに幼くないです!」
 ふみちゃんは唇をとがらせましたが、膨らんだほっぺをわたしはつつきました。銀河さんは甘いものは得意じゃないらしいですが、わたしたちが騒ぐので、興味深そうに羽二重餅を一枚だけ食べました。ただ、あんまり変わらない気がする、と残念そうに言いました。
「あら、銀河さんは甘いの苦手? もったいないね。もらっていいかしら?」
 あやさんは銀河さんから残り五枚の羽二重餅をもらって、運転中なのでちょうど長めの信号待ちをする間にパクッと平らげました。味のことより顔のお肌を触ってスベスベ感を確かめています。そして、あやさんは青信号になったのも忘れて大きな驚きの声を上げました。
「あれ……っ! 本当にお肌が若返った気がするわね。何これ、すごく不思議……っ!」
 ふみちゃんも気になって後部座席から身を乗り出し、あやさんの二の腕を触りました。
「あっ、ほんとスベスベだ!」
 なぜか助手席の銀河さんも面白がって一緒に触り、うんうんと目を丸くして頷きました。
「お母さん、これって何でなんだろう?」
 ふみちゃんが少し変わった聞き方をしました。すると、あやさんはちょっと考えごとをする間を置いて、ハンドルを握りながらわたしたちに言いました。
「あのね、みんな、民宿に着いたら晩ご飯までゆっくりしてて。私はちょっと調査に行きたいお寺があるから外出するわね」
「お寺……?」銀河さんが横から尋ねます。
「うん、お寺というか、まあ、目当てはお墓なんだけどね」
 旅行の合間にお墓参りなんて珍しいなとわたしは思いましたが、ふみちゃんは行かないのか聞いてみると、たぶんお母さんだけが調べに行くから大丈夫です、と言いました。そのうちに民宿に到着し、荷物を下ろして、濡れタオルで足や肌についた砂をふいた後、和室に寝転んでのんびりしながら夕食を待ったのです。

 あやさんは車で行ったのですぐに帰ってくるだろうと思い、戻るまで三人で冷房に当たってゴロゴロしながら、ずっと銀河さんの十六歳の頃の話を聞いていました。何でも高校一年生で友達百人を集めて富士山に登ったらしいのです。
「百人って、何でそんなにたくさんで行ったんですか?」
「それね、好きな人との約束だったの。百人集めて登ろうって話したんだ」
「えっ、銀河さんの好きな人って登山が好きだったんですか?」
「ううん、そうじゃないんだけどね、ほら、歌であるじゃない。いっちねんせいになったら~一年生になったら~友達百人できるかな~百人で食べたいな~富士山の上でおにぎりを~ってやつ。その人とあれをやりたかったの。まぁ、十六歳だから無茶がしたかったのよ」
 何だか思い出話が壮大過ぎて想像を超えてるし、あれって高校一年生じゃない気もしますが、そのときふみちゃんの携帯が鳴って、「あっ、お母さんです」とふみちゃんは出ました。それが夕食前にもう一度出かけることになったきっかけでした。

 あやさんが車で戻ってくるなり、みんな乗ってすぐ若狭湾の同じ場所に向かいました。実は夕方までエキストラ抜きでヤオちゃんは撮影を続けていることを銀河さんがスタッフの人から何気に聞いていたのです。あやさんは車の中で何を慌てているか話してくれました。
「あんなお餅を配ったら、ヤオちゃんのお肉が狙われるわ!」
 さすがふみちゃんのお母さんというか……説明が雑すぎてよくわかりませんでした。どうもあやさんはお墓を調べたことで、お肌が若返ったことの手掛かりが掴めたそうなのです。ただ、ヤオちゃんに直接聞きたいことがあると言って、撮影現場まで車を走らせたのでした。
 若狭湾に着くと、ちょうど夕焼けが海の向こうに沈み出していて、潮風と茜色の空が混ざり、最高の景色でした。撮影は幸い続いており、ロープが張られて見物客が立ち入りできないようになっていますが、ロープ内にヤオちゃんがいて、監督の指示を受けて愛らしい仕草で軽やかにステップを踏んでいました。あやさんは車を降りるなり浜辺を走り、ロープより近づけないとたぶんわかっていたと思いますが、行ける一番近い場所まで行きました。わたしたちも事情が十分飲み込めないまま遅れないよう追いかけました。
「ヤオちゃんと話がしたいの!」
「お姉さん、無理です、無理ですって! 今は立ち入り禁止の撮影中なんです!」
 あやさんの見た目が若いので、止めたスタッフの人に〝お姉さん〟と呼ばれちゃってますが、それは気にせずあやさんは首を横に振りました。必死に何とか話したいようでした。
「聞いて! だって、これ以上メディア露出を増やしていくと、ヤオちゃんのお肉を狙おうとする危険な輩(やから)が増えるのよ! 目立っちゃダメ! もっとひっそりしてないと!」
 お肉のことはわかりませんが、グラビアアイドルに目立たずひっそりしているよう言うのは難しい気がしました。もうファンも大勢いますし、動画を何回も見ると若返るという不思議な噂もあるくらいです。わたしもせっかくだから動画を見たいくらいでした。それくらい女の子は若さを保つとか若返るとかのフレーズは気になって仕方ないものなのです。
 とにかくスタッフの方があやさんの訴えを聞き入れず、あやさんも困り果てて意気消沈していると、監督が撮影を一旦止め、ロープまで歩いて来て、あやさんに強硬な態度を向けました。これはあやさんが監督に怒られると思い、わたしは身が固まりそうでした。監督はサングラスをつけたままいきなり話しかけてきたのです。
「……お姉さん、ヤオの体のことをご存知なんですか?」
 意外にも怒鳴られることはなく、むしろ恐いくらい物静かに質問を投げかけてきました。
「小浜出身、永遠に老けない十六歳、尼さん――これだけ揃えば、わかる者はわかります」
 あやさんは毅然とした態度で監督に向き合いました。
「そうですか、その辺りの伝説をよくご存知なんですね。それで、ヤオの肉が狙われるということですが、もちろん、我々は――それをわかっています。しかし、グラビアアイドルになりPRをしたいというのが、ヤオの強い願いなんです」
 監督はまっすぐ胸を張って答えました。あやさんは眉間にしわを寄せます。
「それでも私は……いろんなリスクを考慮し、彼女はひっそり暮らすべきだと思いますよ」
「では、ちゃんと事情をご説明します。撮影を休憩させますので、テントへお入りください」
 あやさんと監督以外ポカンと口を開けて話が飲み込めない状況でした。いや、その中でふみちゃんだけは少し理解しているようでしたが、撮影は本当に休憩に入ったのです。
 ロープ内に撮影用に立てられたテントに四人とも通されて、わたしは事態が掴めないまま、ただあやさんの後ろに恐る恐るついていきました。いつもは自由奔放な銀河さんもこのときは冷静で、中学生のわたしやふみちゃんを護るような感じで並んで歩いてくれました。
「……ふみちゃん、この後どうなるんだろう?」
「英淋センパイ、私もお母さんの意図がわからないんです。あと、監督さんが何を話したいのかも……。大人しくついていくしかないですよね」
 そんな不安を囁き合いながら、テントに入ってイスを勧められると、冷たいジュースが出てきました。歓迎とは言いにくいですが、険悪な雰囲気ではないので少し安心しました。監督はサングラスを外して温厚な目を見せてくれた後、バッグからファイルを取り出しました。
「ご足労いただき、感謝します。えっと……お姉さんは」
「出雲です。出雲あやと申します。この子たちの保護者です」
「えっ、随分お若いですが――あ、そうか、ヤオの羽二重餅を召し上がったんですね。これは失礼いたしました。さて、本題をご説明いたします。竜宮ヤオ――彼女がなぜ『絶対老けないビキニアイドル』と言われるかですが、この写真を見ていただけますか?」
 監督は数枚の写真を並べました。昭和以前に撮られたような古い白黒写真で、この若狭湾の海岸と似ていて、なんとそれにヤオちゃんそっくりの女性が水着姿で微笑んでいました。
「んっ、あれ? これ、ヤオちゃん? ……の、おばあちゃん? もっと昔?」
 銀河さんが横から首を突っ込んで監督を質問攻めにしました。すると、監督が何か言う前にあやさんが訂正しました。
「銀河さん、違うのよ。私がさっき調べたお墓というのは、不老不死の伝説がある場所なの。つまり、これはヤオちゃん本人なんだと思うわ。そうでしょ?」
「――はい、そうです」
 その声に驚きました。監督の後ろになんと竜宮ヤオちゃん本人が立っていて、タオルで汗をふきながらキラキラ輝く美しい瞳でわたしたちを見つめていたのです。
「ヤオ、君は休んでていいんだぞ」
 監督は振り返って言いましたが、ヤオちゃんは静かに腰かけテーブルに着きました。
「その写真は正真正銘、私です。戦前、この海で写真家の方に撮ってもらったんです」
「初めまして、竜宮さん。じゃあ、八百比丘尼(やおびくに)の伝説は――」
 あやさんは口元を手で押さえながら、少し興奮気味に耳慣れない言葉を出しました。
「はい、本当にあるんです。なぜなら、私が百年間変わらぬ姿で生き続けてるんですから」
 ヤオちゃんは純真な笑顔を見せました。というか、わたしは今とんでもないことを聞いちゃいました。アイドルの気になる美肌の秘訣とか、そんなレベルの話ではなかったのです。
 あやさんはふうと深い溜め息をつきました。
「ヤオちゃん、私も中途半端なことは言わないわ。ここに来る前、小浜男山(おとこやま)の空印寺(くういんじ)の洞窟にある、あなたの先代のお墓も見に行ってきたの。実はこっそりお墓の石を動かして、墓の下にあるはずの〝砂〟を確かめてきたんだけど、入れ物はあったけど、なぜか中身が消えていたわ。ねえ、ヤオちゃん、あなた――いつ八百比丘尼になったの? さっきの写真を見る限り、戦前のことみたいだけど……」
 お墓の石を動かした……だって……? いきなり洞窟、お墓、砂と、いにしえの伝承みたいな言葉がいくつも出てきました。誰も口を挟むこともできず、物知りなふみちゃんすらもお母さんの話に驚きながら聞き入っています。ヤオちゃんは感心するように息を飲みました。
「すごい……そこまでご存知なんですね。出雲さん、でしたっけ。若狭の生まれの方ですか?」
「いえ、生まれは愛知ですが、ちょっとこういう話が好きなもので、調べたことがあるんです。今日は娘と友達を連れて旅行に来ました」
「そうですか。では、誤魔化しても意味がないですね。全部お話ししましょう。そして、今後私がどう生きていったら良いのか、どうか相談に乗ってくださいませんか? お察しの通り、私は不老不死伝説の人魚、八百比丘尼の先代が大昔に砂と化したものを――実は煎じて飲んでしまいました。そのときは切羽詰まった状況だったのですが、今はとても後悔しています」
 その瞬間、監督はガタッと体を動かし、ヤオちゃんに詰め寄りました。
「ヤオ、どう生きるか相談するって、この人はさっきお前のことを『ひっそりと暮らすべき』と言ったんだ。グラビアアイドルを辞めても構わないのか? お前が望んだ道だろ?!」
「監督、ありがとう。でもいいの。ちゃんと相談できる人に包み隠さず全部話して、それでもひっそり暮らすべきだったら、そうする覚悟はあるのよ」
「ヤオ……だけど、今までせっかく隠し通してきたじゃないか……」
「お言葉ですが、監督さん、不老不死なんて隠し切れるものじゃありません。永遠の十六歳とか永遠の十七歳とか、アイドルなら通じると思われるかもしれませんが、いつか不幸な結末を迎える危険性を孕んでるんです。彼女の肉を怪しみ狙う輩はきっと現れます。ただ――」
「ただ?」ヤオちゃんは問い返しました。
「あなたの行いが、ただの自己PRには思えないの。まずは砂を飲んだ事情を聞かせてくれる? あなたも話したいんでしょ?」
 ヤオちゃんはこくんと深く静かに頷きました。
 そこから溢れ出す経緯説明は驚きの連続でした。ヤオちゃんは明治生まれで、細かく言うと明治三十三年、西暦一九○○年にこの小浜に普通の女の子として生まれたそうです。十六歳を迎えた一九十六年、つまり今からちょうど百年前にある出来事が起きた、と語りました。
 わたしは歴史にあまり詳しくないのですが、ヤオちゃんの補足では、一九十六年というのは二年前に第一次世界大戦が起き、まだ終わっていない時代だったそうです。ヤオちゃんの父親は陸軍兵だったそうですが日露戦争ですでに戦死しており、お母さんの手で育てられたものの、お母さんが重い不治の病にかかってしまい、町の医療施設でも手立てがなく万策尽きたとき、ヤオちゃんは唯一の家族であるお母さんをどうしても救いたくて、空印寺の洞窟に忍び込み、不老不死伝説の八百比丘尼の墓をあばいてしまった――と静かに告白しました。
 八百比丘尼というのは人魚にまつわる伝説でした。大昔、若狭のある長者が夕食に招かれ、そこで半身が人で半身が魚の「人魚」の肉が振る舞われ、誰も箸を付けなかったものの、長者の娘が好奇心からその肉を全部食べてしまい、娘は不老不死になったそうです。娘は悔やみ、尼となって全国行脚を行い、八百年後に小浜に戻ってきて、「ここで死にたい」と願い空印寺の洞窟に身を横たえ、ついに八百年を経た娘の体は砂と化した、と言われているそうです。
「その砂を煎じて飲ませるなど、誰もしてはいけない禁忌の法でした……」
 ヤオちゃんは百年前の当時を思い出すように唇を噛みました。でも、もし自分のたった一人の家族が難病にかかり、救えるかもしれない究極の方法を知ってしまったら、わたしだったら自分を止めることができるだろうか。わたしは胸が張り裂けて潰れそうでした。
「でも、決意は揺るがず、いざ母に飲ませる前に、私が――試し飲みをしたんです」
「なるほどね、お母さんのために毒見をしたわけね」
「はい、母は病床に伏し、いまわの時を迎えようとしていましたので、私だけが空印寺に行きました。そして……あの魚粉が混ざったような砂を湯に入れて飲んだ時、死ぬかと思うほどの強烈なめまいがして、私は正気に戻りました」
「正気に?」
「はい、よく考えてみれば、不老不死の法は治療薬ではありません。もちろん、伝承には確証も反証もないのです。ただ、もし母が不治の病を抱えたまま死ねない体になってしまったら、もっとつらいことになると想像したら、急に恐ろしくなってしまって……追い込まれて禁忌に手を出してしまった自分を恥じ、母には飲ませず、治癒を諦めて看取ったのです」
「私も……何とも言えないわ。結果的には正解だったかもしれないわね」
 あやさんが慰めると、ヤオちゃんは告白を続けた。
「不老不死の力が本物だと気づいたのは、母の心を安らげようと、母に教わった歌を歌った時、母の肌が見る見ると若返ったことでした。……残念ながら歌に病を治すほどの力はなかったのですが、それでも肌つやが良くなり笑った母の顔は本当に嬉しかった。永遠に忘れられません。そして、老いを止める力が自分に宿ったことを悟り、受け入れたのです」
 ヤオちゃんは一言〝受け入れた〟と言いましたが、相当な葛藤があったように思えました。
 だって、永遠に死なない体になったら、一緒に楽しいこと苦しいことを分かち合った家族や友達とも死に別れ、自分だけ生き残っていくことになるのです。人間らしい生活を送れるのか、心の安定は保てるのか、不安は尽きません。大昔の八百比丘尼が八百年間も故郷を離れて全国を旅して回った気持ちが少しわかるような気がしました。今までと同じ環境では生きていけない、すべての人の普通の死を見送るしかない、そんな生き方は恐ろしくて恐ろしくて心が悲鳴を上げて張り裂けそうでした。
「英淋センパイ、顔色が良くないですよ。聞くの止めて休みますか?」
 ふみちゃんがわたしを気遣ってくれました。恐ろしいけれど、ヤオちゃんが選んだ生き方を最後まで聞きたい、そう思って「うん、大丈夫。聞けるよ」と何とか笑顔で答えました。
 それから、監督が神妙に口を開きました。
「彼女は十年くらい前、小浜の『のど自慢大会』に出場し、十六歳で抜群の歌唱力で見事優勝したのですが、その後、事務所へ誘い、歌を歌ってもらうと、審査したスタッフみんなの疲労が消え、活力が溢れ、肌の色つやもきれいに若返ったんです。そのとき思ったんだ。この子は今の日本に絶対必要不可欠だと。最初はまさか人魚の力とは思わなかったが、落ち着いてから彼女から事情を話してくれました」
「……監督さん、信じたあなたもすごいですね」
 あやさんは眉をひそめました。確かに普通の感覚では受け入れがたい話です。けれども監督は臆することなく堂々と胸を張って返しました。
「八百比丘尼は年寄りから聞いたことがある昔話です。信じるか信じないかはその人次第だし、まあ、大半の人は信じないだろうと思いますが、この業界で〝老けない〟のは最高の武器です。どれだけのタレントやアイドルが一生かけて〝老い〟と戦っているか。そして、どれだけの人が老けない有名人に羨望の眼差しを向けることか。人魚の力でも何でもいい、彼女自身がこの業界で生きることを望むなら、それはもう個性であり武器であり、宝物なんです。不老不死を得た業がどんなものであろうとも、彼女は――何も悔いることはない」
 これが、この監督がヤオちゃんのグラビア活動を支えている想いなんだろうと感じました。せっかく宝物を持っているんだから、それを生きる意味にすればいい、とそんなふうに聞こえました。ヤオちゃんは嬉しそうに横で監督の言葉を聞いていて、少し涙ぐみました。
「あのとき、母を助けたかったとは言え、墓をあばき禁忌を冒したことは確かです。だから、罪滅ぼしがしたくて、仏門に入って尼となり御仏の教えを学び、若い女性たちに人との絆や、苦境でも自分のできることを見つめ明るく生きる楽しさを伝えていきたいのです」
 あやさんは真摯に語る二人に、もう厳しい言葉を掛けることはありませんでした。
「ヤオさん、支えてくれる人がいて、あなた、幸せね」
「はい、監督だけじゃありません。私の法話を聴いてくださる方々、地元で支援してくださるファンの方々、そして最近では動画で私のことを知り応援してくださる大勢の方がいるようになりました。私には〝夢〟があるんです。いつか私はかつての八百比丘尼のように撮影で各地を巡り、尼僧として女性たちの心の病を聞きながら、歌によって、いつまでも若くありたいという女性の願いに力を使いたい、と思っているんです」
「歌……そうね、あなた人魚の力があるもんね」
 あやさんはにっこり微笑みました。ヤオちゃんは永遠に十六歳の素敵な人魚で、母想いで、誠実に向き合ってくれる協力者がいて、地元に愛されていて、頑張っていけばいつか全国各地で愛される人になるかもしれません。そんなヤオちゃんは少し得意気に続けました。
「実は、歌の力は聴いてもらうだけじゃないんです。昼間みなさんに配った羽二重餅ですが、あれは作っている間に私が歌の力を込めているんです。微量なのでもちろん不老不死にはなりませんが、若さを保つ効果があるんですよ」
 そうか、あの羽二重餅を何枚も食べたわたしやあやさんはお肌スベスベになったわけです。でも、正直少しドキッとしました。八百比丘尼の伝説を聞いた後では、微量と言っても特殊なものを体内に入れたわけで、漠然とした不安に包まれました。あやさんはヤオちゃんに対して声を抑えて言います。
「ヤオちゃん、あなたは罪滅ぼしとして一生懸命やっているでしょうが、命の摂理に抗おうとした『強欲』の大罪は、この先まだ何百年と消えることはないと思います。そして、罪滅ぼしの名目で多くの人を巻き込んでいるのです。言うなれば、それは――あなたのエゴです」
 あやさんは、監督をはじめ銀河さんやふみちゃんやわたしを見渡しました。
「はい、そうでしょうね……そう思っています」
「でも、もう一つ――あなたは若い人たちに尼さんのことをもっと知ってもらいたい、という願いも持っています。尼僧は甘い道ではありません。人の心の闇を抱き止める、ということは相手のどんな苦しみも投げ出してはいけないのです。かつて、あなたがお母さんの命を無謀に長らえることを最後は断念したように、すべて救える、すべて何とかなる、とは限りません。そんな強欲さではまたいつか悔やむ日が来ます。ただ――」
 そこであやさんは一呼吸を置きました。ヤオちゃんは真剣に聞き入っていて、若狭の海岸は燃えるような夕日に大きく見守られていました。あやさんはすっと笑みを向けました。
「あなたがそれだけの重い罪を抱え、なお前向きに生きる意味を問う人だから、生き方に悔いのある女性を一人でも多く救えるはず、と私は確信します。たくさん話してくれてありがとう。ヤオさん、あなたの夢を応援してる。あなたの羽二重餅も、とっても美味しかったわ。でも、一つだけ言っておくからね。あなた以上に強欲な人にはちゃんと注意してね、約束よ」
「はい、約束します。無謀なことはせず、つつましく自分の身を大事にして、元気に頑張っていきます。出雲さん、私、もう百十六年も生きてるんですが、今日が生きていて一番の日です。本当です。あなたに会えて、最高の一日になりました!」
 ヤオちゃんは目を潤ませていました。隣りの監督も目頭を押さえています。
「出雲さん、こういうのをヤオ本人の前で言うのはお恥ずかしい限りなんですが、百年もの間、親がいなかったこの子の親代わりをしてやってる気持ちなんです。カメラを向けて、この子のいい笑顔を撮りたいなんてのは、もうね、まったくただの親心なんですよ」
 顔を手で包み、泣いているのか笑っているのか、でも、胸の奥に溜め込んでいた何かを吐き出せたような晴れやかな顔が夕日に赤く照らされていました。あやさんも頷き返します。
「監督さん、私、あなたの考え、とっても素敵だと思いますよ。どうか、これからもヤオさんを娘と思って大事にしてあげてくださいね」
 すると二人は深くお辞儀をし、長い休憩を終えて、気合いを入れ直すように目を合わせると、プロモーション映像の撮り残しのシーンを撮ると意気込んで、テントを出ていきました。

 スタッフに送られて車に戻り、あやさんが民宿へ帰る電話を入れた頃には、夕日は海岸線に完全に沈み、宵闇が訪れて潮の音が少し強くなってきた感じがしました。
 車が走り出しても、わたしはまるで夢物語を聞かされたような気分でした。伝説の人魚の砂を飲んで百年以上生きている女の人とさっきまで話していたなんて、普通では理解できません。でも、十六歳で親を失い生き続けたヤオちゃんと、親代わりに支える監督と、それを全部包み込むようなあやさんの厳しさと優しさがただただ胸に刻みつけられていました。
 わたしは一つだけ気になるのは、八百比丘尼の力がこもった羽二重餅を食べて大丈夫だったのかということですが、運転中のあやさんに聞くと、
「越前蟹、ソースカツ丼、鯖江の眼鏡と同じく福井名物みたいなもんだから、心配ないわよ!」
 と笑いました。眼鏡が福井名物と聞いてすぐ数井くんの話題になり、銀河さんが冗談半分で「あの子の眼鏡はよく壊れるらしいからさ、ヤオちゃんの歌声をたっぷり眼鏡に聴かせたら、永遠に壊れない眼鏡になるかもね」と言い、ふみちゃんも一緒に笑っていました。

 その後、若狭旅行から帰り、数週間経ってヤオちゃんの新しいPVは完成し、動画サイトにアップされると、あっと言う間に八百万回再生を超えました。一応わたしたちが写ってるのをチェックしましたが、ヤオちゃんのかわいさと銀河さんの胸の揺れがすごくてそれどころではありませんでした。それと、今回のエキストラ出演のことは屋城くんや数井くんには内緒です。だって、ビキニ姿を見られるのは恥ずかしいし、何かもういろいろ濃い体験だったので。
 だから、お土産として生徒会室にそっと普通の羽二重餅を置いておいたので、男子二人への報告はそれでおしまいです。
 あと、せっかくなので、ふみちゃんと竜宮ヤオちゃんの歌を何曲か覚えて、一緒にカラオケに行くことにしました。もちろん代表曲の『エターナル・シックスティーン』は外せないし、若狭湾で撮影した新曲の『ウェルカム・オバマ!』だって当然PVで予習していきます。あの不思議な話の通り、ヤオちゃんの歌と映像を繰り返し見る度に、若さが湧き出すような感じがしました。美しい透明な海と、潮の香りが記憶に蘇ります。
 PVと別動画で、撮影後のワンカットがあり、ビキニのヤオちゃんが底抜けにスッキリ顔で、
『これからも永遠の十六歳として輝いていきます! ずっとずっと応援してね!』
 とファンのみんなに満点の笑顔で手を振っていました。これを監督が親の気持ちで編集して完成させたと思うと、わたしは少し温かい心になり、これから何百年生き続けるかわからないヤオちゃんに「ファイト!」とエールを送りました。

(了)


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青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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