超短編作品集と雑記帳です。ちょっと不思議でちょっと愉快な作品がいろいろあります。
マイクロスコピック
「富士山」
2006-05-27-Sat  CATEGORY: 超短編
「富士山」


 百人でおにぎりをつくっていると、日本一高いところから彼女がまた声をかけてきた。退屈だからそろそろ噴火しようかとぼやくのだ。
「これから百人でピクニックというのにそれは困る」
 と返すと、彼女はますます不機嫌になり、熱いものをぺっと吐いてよこした。大きなビルがみるみる溶けた。まわりは動揺し、あれをなだめるのは幹事のつとめだ、とぼくを責め立てる。その間にも白米はどんどん炊きあがる。めしを握る手にも力がはいり、やがてあたり一帯は、ほかほかのおにぎりで埋めつくされた。
 彼女はものうげな流し目で問いかける。
「いま噴火したら焼きおにぎりになるかしら?」
「そうだね、一瞬ね」
「――ダイアモンドにならないかしら?」
「それはきみの加減次第だよ。だけど、チャンスは一度きりだ」
「そっか、不器用なのに」
 ややあって、彼女は噴火を断念し、また千年の美しい歌をうたった。それを聞きながら着々とピクニックの準備をする。千年後の幹事よ、もうおにぎりは使えないぞ、心したまえ。

(了)
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「眼球」
2006-04-20-Thu  CATEGORY: 超短編
 太古より、かれらは年に数度ある謝恩祭を何より心待ちにしている。その夜すべての脳はいつもより深い夢に包まれて、神経の網がはずれ、かれらはにぎやかに出かけていく。ジャズピアニストは「夜は千の目をもつ」という歌を世に残したが、それは撹拌された夢のわき道で偶然その一景を嗅ぎとったに違いなかった。
 謝恩祭の日、かれらは同胞の過労死裁判を傍聴し、新しいオープンカフェでブルーベリーアイスをつまみ、大学で人種問題の討論会に参加し、エステサロンで乾燥肌をうるおす。人気のジムでは筋力を鍛えたり、プールでたっぷり遊泳したり。バーではビールなどの炭酸類は売れず、客はそろってソムリエの真似ごとをする。やがていつもの相棒と離れ、気の合う恋人を探しふたりきりでグラスをやさしく傾ける。明け方になるとそわそわしはじめ、内側に焼きつけた目醒めの時刻を互いに思い出し、再会の願いを抱き帰途につく。
 あのときピアニストは粗悪な粉末のせいで迂闊にも夢のかごから転がり出てしまったのだ。漆黒の眼窩をかばいつつ動物習性のようにピアノに座り、十本の長い指で美しい楽曲を奏でた。いわく口ずさんだ詩は、運命の出逢いは夜の目がみちびく――と。

(了)
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「BLOOMY LIZARDS FOLLOW THE LOTUS SEAT」
2006-04-19-Wed  CATEGORY: 超短編
 群青の午後の霧が吹き散らされると、機織り師の一団に出くわした。彼らの牽く巨大な睡蓮の葉には山盛りの花びらが積まれている。平たい葉のすきまから花びらはこぼれ落ち、道筋となって霧の奥まで伸び、後に続いてきたらしい花咲とかげの行列がうっすら見えた。腹と足がキシキシ擦れる気配が迫り、地面を舐める黄色い舌が、彼女と僕を立ちすくませる。僕らは迷子だった。機織りに道を聞くと、キツツキの配達夫みたいに高く鳴き、背中の織り機を下ろし、いそいそと地中の糸を編みはじめた。足元の草むらから細い糸が引き出され、一匹の花咲とかげが不器用に舞い、うなりを上げて瓦礫みたいに崩れ落ちる。とかげの破片は飴色のビーズとなり、機織りたちが編むごとに神秘的な光沢をおびた紋紗が拡がってゆく。機織りの手招きで彼女は導かれ、厚いケープを脱ぎ捨てて、少女のような未熟な肌をさらし、とかげの脈動で彩られた可憐な布に巻きとられた。そして彼女が裸足で睡蓮の葉をまたげば、僕の舌が呼応するように伸びていく。冷たい指でつんと摘まれると全身を悦びが駆け昇った。僕は四つん這いになり、背に大ぶりなつぼみをまとい、蓮から漏れる蜜を舌先でそっと受けとめた。

(了)

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「あやしい太鼓売り」
2006-04-08-Sat  CATEGORY: 超短編
 散歩のおりに神社のそばを通ると、道端に太鼓を売っている男がいた。物置から這い出てきたような風体だ。息子たちが恐る恐る近づくと、いま生き返ったかのように身を起こし、黄色い歯を見せ笑い、威勢よく売り物の太鼓を鳴らしはじめた。カラスの郎党どもが騒がしく枝から枝へ渡りあう。男は腰の巾着袋からよく磨かれた小石を取り出し、息子たちの前に並べた。男が太鼓を鳴らすと、石はころりころりと踊りだし、やがて鼻の高さまで浮かび上がった。息子たちはひゃあと声を上げ、おおはしゃぎで私を呼びつけた。なにを、そんなことあるもんか、と覗きこめば、男は下賎なしたり顔で太鼓を鳴らし、私の鼻の高さまで浮き上げた。種を暴いてやろうと大人げなく石に掴みかかれば、咄嗟に男は真っ赤な顔でめいっぱい太鼓を打ち鳴らし、石はさらに宙へと逃げていく。息子たちもカラスどもも無量にそれを囃し立て、石はするする、太鼓はどろろ。逃すまいと見上げると、私たちの真後ろに天を衝くような大男が立っていた。目も鼻も肉に埋もれ、大きな口から小人の手足がだらりと垂れる。道端を向けば、太鼓の音も男もすべて失せ、息子たちの姿も煙のように消えていた。

(了)
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「プラスティックロマンス」
2006-03-19-Sun  CATEGORY: 超短編
 万緑が生い茂る山間をくぐり抜け、ぼくたちの旅はすいすいと駆けめぐる。少しひなびた車窓から草木をなでた風がさわさわ流れこむ。祖母はひざの上に太陽のかけらみたいに鮮やかなミカンを置いて、ぼくたちにほっこりとした笑顔を向ける。けれど、ぼくたちはミカンに手を伸ばさない。なぜならぼくらはまだ駅を出たばかりだからだ。
 峠の茶屋では娘が忙しそうにはたらき、そのふもとの門前町でそば屋が客を呼んでいる。木造の立派な駅舎の前を通り過ぎ、どんちゃん騒ぎの屋形船を谷川の底に見おろして、山肌に異人が建てた白ぬりの教会を見つけ、まだまだ走る。汽車は煙をずっと吐かない。そして、二周目に入る。ぼくたちは脱ぎ散らかした靴もそのままに、車窓にしがみつき、やっぱりミカンに手を伸ばさない。なぜならぼくらは永遠の旅行者だからだ。

(了)
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