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天空サーカス (作:三里アキラ) <希望の超短編>

 晴れ。音色にひかれて土手に行くと、金ピカのサックスを吹く白いカラスがいた。
「いい音ですね」
 話しかけてから気付く。往年の名クラウン、アレン・カラスだった。カラスはにやりと笑みを浮かべ、メイクはしていないが俺はまだ道化をやれるぜ、とサックスを吹く。
「そういえば今日は天覧公演ですね」
 ああ、と頷いてカラスは空に音色を響かせる。
「戻りたい?」
 問うとサックスの音が大きくなった。怪我をした脚で不器用ながらも愉快なステップを踏む。
 観客は天人だけじゃない、今目の前にいるアンタだって観客だ、俺は笑わせるのが仕事だ、生きるのが仕事だ、天人に魂を連れていかれる前に地べたを這ってでも笑いを取ってやる。
 ――そう言ったのはカラスか、私か。世界がよく混ざりあったいい日だ。

(おわり)


著作権は作者にあります。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。

テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

継いでゆくもの (作:はやみかつとし) <希望の超短編>

 ”It's cloudbusting, Daddy.” ---Kate Bush


 話を無理やりまとめない。無駄口は叩かない。噂には乗らない。
 尊敬する父によく聞かされた心構えだ。今思えば、父は自らに言い聞かせてもいたのだろう。

 父が突然いなくなったのは、まだ幼い私の婚礼の翌朝だった。
 夜更けまで降り続いた雪に蔽われ、遠近感を失くした風景の中にただ一つ、残されたつややかな濡羽色のマフラーだけが鮮やかに焦点を結んでいた。その色は、婚礼で父が着ていた見事な燕尾服と同じ色だった。
 父は知っていたのだ、彼らがすぐそこまで迫っていたことを。だからこそ、逃げも隠れもせず、堂々と、渾身の祝辞を私に贈ってくれたのだ――この世は理不尽な力に満ちている、しかし決してあきらめてはいけない、どんなに苦しくとも辛くともただ生きよ、そして希望の糸をつなぐのだ、と。

 私は今、そのマフラーを抱き締める。彼らは父のすべてを奪ったつもりだろうが、父の残したもののほんとうの大きさを知ることはないだろう。私たちは、決してあからさまにそれを語らず、しかし確実に受け渡しながら、強く鍛え上げていく。私たちは不屈の意思を形見分けし、受け継ぎ、また形見として残す。そうやって、続いていく。

(おわり)


著作権は作者にあります。
作者コメント:エピグラフが示すように、これはKate Bushの"Cloudbusting"という曲に触発されて書いたものです。それは、圧倒的で抑圧的な権力に抗った父への眼差しの物語であり、このたびの大災害とは一見重ならないかもしれません。しかし、「希望」とは何か、ということにおいて何か通じるものがあるのではと思い、寄稿させていただきました。


疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。

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「負けてたまるか」 (作:橋本邦一) <希望の超短編>

『おじいちゃんは悲しくないの?』
かみさんの墓を見つめていたワシに孫が言う。墓といっても瓦礫をよけて作られた共同墓地の中にある、猫の額ほどの小さなスペースだ。長年つれそったかみさんの遺体は、不遜な言い方だが、他の遺体に比べれば火葬してもらえただけましという状態だった。震災から八日後、やっと見つけた時には心底ほっとした。
『おじいちゃんはおばあちゃんが嫌いなんだ』
ワシが黙っているので、孫がしつこくからんでくる。
かみさんの墓を前に、涙のひとつも流さないワシの態度が許せないようだ。
見れば、綺麗な瞳から大粒の涙をポロポロとこぼして、真っ直ぐな視線で私を睨みつけている。
両親と祖母を亡くした今、彼の親族はワシだけだ。
七歳になったばかりの彼はこの現実をどのようにうけとめているのだろうか?
ワシは重い口を開き彼の目を見て言った。
『ちょっと話をしよう』
そうだ。ワシは彼にワシの気持ちを話さなければならない。八十年の人生でつかんだわずかな経験や感動をつたえなければならない。老い先短いこの身に鞭打ってでも、こいつを一人前の男にしなければならない。生まれついての口下手だとか言っている場合じゃない。

ワシは孫を連れて、この小さな村が一望できる見晴らし台にやってきた。以前はここから、貧しいが暖かさを感じる村の家々が、その背中を青い海に守られている穏やかな景色が見られたのだが、今、その村はもうない。見られるのは人間の営みなどとは全く関係なく、ただそこに悠然と存在する青い海と、村の残骸だけだ。
壊れかけたベンチに座り、ワシはその海を睨みつけながら孫に語りはじめた。
『お前はまだ七歳だ。だが立派な男だ。だからおじいちゃんはこれからお前に真面目な話をする。聞いてくれるか?』
孫は少し驚いた風だったが、真面目な顔で頷いてくれた。

『ワシはこの村で生まれこの村で育った。ほとんどこの村を出たことがない。だからこの村はワシの人生そのものだ。おばあちゃんもそうだ。ワシとおばあちゃんとは見合い結婚だ。そう言うと聞こえはいいが、親が決めた人と所帯をもっただけだ。昔はみんなそんなもんだった。でも、ワシは嬉しかった。貧しいが自分だけの家族ができたんだ。一生懸命働いた。朝から晩まで、それこそ休みなく働いた。おばあちゃんも愚痴ひとつ言わずにワシについて来てくれた。楽しいことより苦しいことの方が多かった。ワシだけじゃない。ワシたちの世代はみんなそんなもんだ。だが誰も文句は言わない。生きるっていうのは辛いものだ。ワシらの世代はみんなそう思っている』
そこまで話して孫を見ると、彼は真剣な顔でワシを見ていた。ワシは安心して話を続けた。

『もちろん、嬉しいこともあった。お前の父さんが生まれた時は嬉しかった。今でもこの腕ではじめて抱いた時のことを覚えている。柔らかくて壊れそうなので、こわごわ抱き上げたワシを見て笑ってくれた。ワシはその時はじめて、この世界には神様がいるのだと思った。そうでもなければこんなに素晴らしい生き物が生まれてくるわけがないと思った。それくらい感動したんだ。だから、ワシはさらに頑張って働いたよ。ワシががんばったぶんだけあの子のためになるんだと思えばいくらでもがんばることができた。がむしゃらに働いたおかげで小さな家を建てることもできた。大学まで行かせてやることもできた。所帯を持つ金も出してやれた。そしてお前が生まれた。その時も嬉しかったよ。初孫だ。嬉しいにきまっている。親っていうのは子供が所帯を持って、その子供が生まれた時になってようやく大きな役目を果たしたような気持になるんだ。それは誇らしくさみしい気持なんだ』
『さみしい?』
孫がはじめて口をはさんだ。確かに七歳の子供には難しい話しだ。だがワシはかまわず続けた。
『子どもは独り立ちした。もうワシとは関係ない一人前の男だ。ワシの仕事は終わった。簡単に言えばそんなさみしさだ。だからお前が生まれてから今までの五年間、ワシはぼんやりと生きてきたんだよ。だが、それも終わりだ…』
『何が終わりなの?』
終わりという言葉に反応したらしく、孫が心配そうな顔をして聞く。ワシは彼の目を見て言った。
『さっきお前はワシに、おばあちゃんが死んで悲しくないのかと聞いたな』
孫がうなづく。
『おばあちゃんのことが嫌いなのかとも聞いた』
もう一度うなづく。

『二十歳で所帯を持ってから六十年連れそったんだ。悲しくないわけがない。嫌いなわけなどあるわけがない。おばあちゃんはワシの体の一部だしおばあちゃんもそう思っていてくれていたはずだ。だから…』
突然、ワシは抑えていた感情の高波に激しく揺さぶられた。ワシはなんとか気持ちの高まりを抑え、言葉をつなげた。
『おじいちゃんの時代は男が泣いちゃいけない時代だったんだ。戦争で両親を失った。親戚の家でいじめられた。奉公先での厳しい修行、忘れた頃にやってくる震災。泣いていたらとても生きていけない時代を生きてきたんだ。これはお前の父さんも知らない話だが、父さんには弟がいたんだ。だが、生まれて半年で死んでしまった。ただの風邪だと思っていた。近くに医者もいなかった。気が付いた時には手遅れだった。その時ばかりはおばあちゃんと二人して一日中泣いたよ。だが翌日からはいつものように働きはじめた。休んでいる余裕などなかったし働いていないと、体をいじめていないとおかしくなりそうだったんだ。ワシらはそんな風に生きてきた。そんな風にしか生きられなかったんだ。だがここ数年は、そんな苦しい生き方も終わりだと思っていた。ワシはワシなりに精一杯生きてきた。あとはおばあちゃんと二人、のんびりお迎えが来るのを待っていればいいのだと考えていた』
ワシは立ち上がり孫に言った。

『ここから見える景色は現実だ。だが、ワシはそんなもの認めない。ワシらが身を粉にして作ってきた村が、こんなものであるはずがない。だからワシはもう一度生きることにした。この村を、この間までの村に戻すために、それ以上の村にするために、そして、お前を一人前の男にするために、ワシはもう一度生きることにしたんだ。
さっきはそのことをおばあちゃんに誓っていた。おばあちゃんは墓の中から言ってくれたよ。楽しみに待っています、と。そうだ。あいつはいつもワシのすることをニコニコしながら見つめていてくれた。ワシのいいかげんな約束を忘れないでいつまでも待っていてくれた』
いつの間にか、孫はワシの側に寄り添いワシの右手をしっかりと握りしめていた。ワシはその手を優しく強く握りしめて言った。
『おばあちゃんに誓った最後の約束が果たせたその時、ワシは思う存分に泣かせてもらう。それまでは…』
ワシは、目の前に悠然とただある海を睨みつけ、その後の言葉を心の中でつぶやいた。
『負けてたまるか』

(おわり)


著作権は作者にあります。

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バルからの手紙 (作:橋本邦一) <希望の超短編>

僕の名前はバル。今年、14歳になるオス猫だ。14歳は猫の世界では大体75歳ぐらいかな。だからって、おじいちゃん猫だなんて思わないでくれよな。僕はすこぶる元気だ。
元気がないのは僕じゃなくてノンちゃんだ。ノンちゃんはもうすぐ3歳になる女の子。僕の親友でもありガールフレンドだ。
ノンちゃんの元気がない訳、それはお母さんが外国っていう遠い所に行ってしまったからなんだ。大好きなお母さんが側にいないんじゃ、ノンちゃんの顔がいつも曇り空なのもしょうがないさ。でも、ノンちゃんの顔が真夏の太陽みたいに輝く時もある。
それはお母さんからの手紙が届いた時だ。まだ字が読めないノンちゃんはお父さんにしがみついて、お母さんからの手紙を何度も何度も読んでもらう。
お母さんの手紙はいつも、『ノンちゃん元気ですか?お母さんは元気です』、で始まり、『ノンちゃんのことが大好きです。ノンちゃんはお母さんの宝物です。ノンちゃんのことばかり想っています』、で終わるんだ。
手紙がくるのは決まって毎週土曜日。だから土曜日は、ノンちゃんにとって、幼稚園の遠足やお父さんが連れて行ってくれる遊園地に行く日よりも楽しみにしている日なんだ。
だけど僕はこの間、手紙の秘密を知ってしまった。それはおばあちゃんがお泊りに来た夜のことだった。ノンちゃんを寝かしつけ後、おばあちゃんはお父さんと話をしていた。
『そろそろ本当のことを話してあげてもいいんじゃないのかねえ。あの子ももうすぐ3歳だし、理解できる歳だと思うんだけど』
『分かってるよ。誕生日が終わったら話すつもりなんだ。それまでは、せめて…』
僕はそれから先のことは聞いたらまずいと思って、急いでノンちゃんが寝ている部屋に行ってしまったけど、全て分かってしまったんだ。
僕はノンちゃんの寝顔を見つめた。人間の世界には、『目の中に入れても痛くない』、っていう言葉があるみたいだけど、猫の世界にだって、『シッポを踏まれても痛くない』、っていう言葉があるんだ。僕はシッポを踏まれてどころか、猫にとって何よりも大切なシッポをあげてもいいくらいノンちゃんが好きだ。全ての悲しみからノンちゃんを守ってあげたいと思っている。そのノンちゃんが、お母さんが本当は死んでしまっていたことを知ったらどれだけ悲しむのだろう。
僕は考えただけで強烈に爪とぎがしたくなってきた。だから爪とぎがおいてある場所に走っていって、これでもかというくらい激しい爪とぎをした。あまりに激しく爪とぎをしたので、はがれた爪のかけらが肉球に刺さり血がでてきた。血を見たおかげで僕は少し冷静になることができた。赤くなった肉球をペロペロしながら僕は考えた。
ノンちゃんが悲しまない方法がないかを考えた。猫って考えることはあまり得意じゃないんだけど、その時ばかりは考えたよ。そうしたら、昔、僕が赤ちゃんだった頃、僕のお母さんに言われたことを思い出したんだ。
『お前はまだ小さいから分からないかもしれないけど、大きくなって、お前が心から愛する人が現れたら思い出しておくれ。私たち猫はね、愛する人のために、一度だけ化けることができるんだよ。でもそれは、お前が心から愛する人のためでないとダメなの。だからお前が大きくなって、心から愛する人が出来て、その人が何かで悲しんでいて、その悲しみを切り取ってあげたいと思った時に、この魔法はただ一度だけ使えるんだよ』
お母さんはその後ちょっと厳しい顔をして言葉を続けたんだ。
『この魔法はね、すごく強い魔法だから一回しか使えないの。それだけじゃない、死んでしまうこともあるの。だから使う時はよく考えて使うんだよ。その人が自分の命を捧げてもいい相手なのか。良く考えてね』
だから僕は良く考えた。お母さんのその言葉を思い出してから3日間、そのことばかり考えていた。大好きなカリカリの味が分からないくらい考えた。
産まれたばかりのノンちゃんが病院から家に帰ってきた日のこと。ベビーベットで添い寝をした日々のこと。僕のことを可愛い声で、『バブ』、って初めて呼んでくれた時のこと。ノンちゃんと過ごした3年間は僕にとって宝物のような大切な時間だった。それから、未来のことを考えた。僕はまだ元気だけどあと数年の命だろう。でも、ノンちゃんの未来はまだはじまったばかりだ。人生を歩きだしたばかりのノンちゃんに僕ができる最高の贈り物をしたい。そのために僕が出来ることはなんだろう。考えるまでもなくその答えは最初から決まっていたことだった。。
それはノンちゃんの誕生日の前日のことだった。ノンちゃんのお母さんに化けた僕は、幼稚園にノンちゃんをお迎えに行った。受付で先生に、今日は園バスでは帰らないことを告げていると、教室の扉がはじけるように開き、ノンちゃんがかけて来た。
『お母さん』
大きな声で僕を呼びながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔を僕のお腹にこすりつけるノンちゃん。僕はノンちゃんを抱きしめて優しい声で言った。
『ただいま。ノンちゃん』
泣き止まないノンちゃんをなんとかなだめて、僕はノンちゃんと手をつなぎ、近くの公園に行った。もちろん、ノンちゃんのお話しを聞いてあげるためだ。お友達のこと、お遊戯会のこと、運動会のこと。幼稚園のことだけでも話すことはたくさんあるんだよ。僕はノンちゃんの顔を見ながら一つ一つの話しを心に焼き付けるような思いで聞いていた。
気がついたら夕焼けがノンちゃんの顔をオレンジ色に染めていた。そろそろ帰る時間だ。
『ノンちゃん、そろそろおうちに帰ろう』
僕はそう言うと、ノンちゃんの手をとり立ちあがった。
帰り道、ノンちゃんは無口だった。僕があれこれ話しかけても上の空だった。でもつないだ手だけは、小さな体のどこにこんなに力があるんだろうという位の力で握りしめていた。その力は家に近くなればなるほど強くなっていった。
次の角を曲がればノンちゃんの家が見えるというその時、ノンちゃんは力いっぱいに僕の手をにぎりしめて、絞り出すような声でつぶやいた。
『お母さん、本当は死んじゃったんでしょ?』
ノンちゃんは始めから気がついていたんだ。ノンちゃんは小さな子どもの鋭い感性でお父さんの優しい嘘をみぬいていたんだ。僕は誰にも言えずに小さな胸を痛めていたノンちゃんを想い、悲しくなった。お母さんになった僕を見て泣きながら飛びついてきたノンちゃんを想い、涙があふれてきた。僕は溢れる想いをなんとか抑えこみ、ノンちゃんを抱きしめて、ノンちゃんの目を見て、ノンちゃんの心に届くように語りかけた。
『ノンちゃんが言うとおり、お母さんは死んでしまったの。でも、今、ノンちゃんの前にいるのはお母さんでしょ?』
ノンちゃんは涙で一杯になった瞳で僕を見てうなづいた。。
『だからお母さんがこれから言うことをよく聞いてね。ノンちゃん、お母さんは死んでしまったけど、こんな風にいつでもノンちゃんの側にいるの。生きているものは死んだら終わりじゃないの。愛する気持ちと信じる気持ちがあればいつでもどこでもつながっていることができるの。だから、ノンちゃんは1人じゃない。ノンちゃんの心の中にお母さんはいつでもいるから。そのことを伝えたくて、神様にお願いしてノンちゃんに会わせてもらったの』
ノンちゃんが震える声でつぶやいた。
『お母さん、行っちゃうの』
僕は全力をふりしぼった笑顔で言った。
『お母さんはどこにも行かないよ。いつもノンちゃんの側にいるから』
『お母さん』
ノンちゃんはその一言に全ての想いを込めて叫び、僕に抱きついてきた。もう言葉はいらない。あとはノンちゃんを優しく抱きしめながらノンちゃんの心に語りかけるだけだ。
『愛しているよ。世界中の誰よりも君を愛しているよ』
あたりに夕闇の気配が色濃くなりはじめた。もうお別れの時間だ。僕にはあまり時間が残されていない。僕はノンちゃんを抱きしめていた手を緩め、涙でぬれたノンちゃんの瞳を見つめて言った。
「さあ、もう行きなさい。ノンちゃんが玄関に入るまでお母さん、ここで見ていてあげるから」
ノンちゃんは体を固くしたまま黙っていた。小さな心で様々な想いと戦っていたんだ。そしてその瞬間、彼女は大人になった。
「お母さん大好き」
まっすぐな言葉で彼女はそう言うと、僕を抱きしめ耳元でささやいた。
「お母さん、ありがとう」
そして、彼女は振り返ることなく駆けていき玄関の中に消えていった。
僕はその時のことを忘れないだろう。人間ってゆっくり年をとりながら大人になるんだと思っていたけど違うんだ。どんなに小さな子どもでも、ある瞬間の出来事の中で、その瞬間の心の持ち方を自分でつかみとることで大人になるんだね。僕は、その時、はじめて人間がうらやましくなった。
 さて、僕の話はそろそろ終わりだ。僕は今、彼女に手紙を書いている。僕が突然いなくなった訳を、彼女にだけはきちんと伝えておきたいからだ。僕はこの手紙に全てのことを正直に書いている。でも、今、僕がどこにいるのかだけは秘密だ。そんなこと知らせなくたって、僕と彼女はいつでも一緒なんだ。愛する気持ちと信じる気持ちがあれば、いつでもどこでもつながっていることができる。それは、人間だって動物だって、生きとし生けるものならみんな同じことなんだよ。

(おわり)


著作権は作者にあります。

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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

海が見える街 (作:高宮鈴子) <希望の超短編>

 列車がトンネルを抜けると水面に反射した光が早起きした瞼に刺さった。
「ねえ!」
 あどけない声に振り向くと小さな女の子が立っていた。
「おねぇさんトウキョウのひと?」首をかしげるとピンクのスカートが揺れた。
普段から小さな子と接する機会がなく、片手で数えられる年齢の子への接し方が皆目分からない。私はまるで砂糖菓子を持つかの様にそっと微笑んだ。
「どうして分かるの?」
「わかるよ!」彼女は断言すると私の前に座った。ママはどこ? と尋ねようとしたが、その前に質問の嵐に会った。
「ひとり? どこにいくの?」そこまで言うと、女の子は大きな目をまっすぐ向けて答えを待った。その真剣な表情に思わずクスリと笑うと、ムッとしたのか頬をふくらませた。
「ごめん。私にもあなたくらいの時があったこと思い出したの」そう言うと、子供の頃の自分を思い浮かべようとしたが何故か上手くいかなかった。
「探し物を見つけに行くの」
 キラキラした海を見つめながら続ける。
「海をさがしに」
「うみ?」
 私は、またなるべく優しく微笑むとうなずいた。
 インタビュアは暫く考えたあとで言った。「うみなら…」ちいさな指は窓の外を指した。
 陽は少し高くなって海は少し表情を変えた。
「あなたお名前は?」
「えみ、笑顔が満ちるって書くの」いつも聞かれるのだろう、ハッキリとした声で答えると、飽きたのか席を降りて「おねぇさんは?」と、おそらく最後の質問をした。
「かすみ。春の澄んだ海って書いて春澄海」
「かすみおねぇちゃん、またね」
 パタパタと足音をさせて小さな風は去っていった。


 私は目をつぶって窓に額をあずけた。
 私の名前は広瀬春澄海と言う。東京の人と答えたが正確には少し違う、都内に勤めてはいるが出身は埼玉だ。
 埼玉県の川越、海のうの字も無い地で私は生まれ育った。それなのに私の名前には海がある。不思議に思ったこ とはあっても両親に何故なのか聞いたことはなかった、そこまで深い疑問でもなかったのだ。
 けれどつい最近、思いがけずヒントがもたらされた。
 掃除をしている時に見つけた古い絵はがき。キラキラした海、父の不器用な字で「いつか君にも見せたい」とあり、私の生まれる二年前の日付が記されていた。
 そこが私の名前の由来の地かどうか定かではない、でも私には分かるのだ、若いふたりがその岸辺に立ったということが。


 私は海を探しに来た。
 古いはがきの中の、今日の様に良く晴れた日の、春の澄んだ海を―。


(おわり)


著作権は作者にあります。
作者コメント:いつか笑える日が来ると信じて…。
子どもたちに海を嫌いにならないで欲しいという願いを込めて…。

疲れた心に安らぎと光明を。みんなに届け、希望の超短編。

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プロフィール

sleepdog

Author:sleepdog
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、名古屋市在住。どうぞよろしくお願いします。

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