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「後輩書記とセンパイ会計、百年の積読に挑む」

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば紫式部の後輩にだってなれただろう。ふみちゃんは小学生時代、課題図書の宿題が出る前からその本を読んでいたほどの上級者だったらしい。しかし、いまふみちゃんの消息を追う一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの本離れで、数学が得意な理屈屋で、眼鏡を夏用に新調したばかりだった。
 七月二十三日、プールが終わった後、僕は会計の仕事をすべく生徒会室に入った。ふみちゃんからボランティア活動の領収書を預かるはずだった。だが、部屋は空っぽだ。机のパソコンはついたまま。冷房は効いている。ふみちゃんは小さくて暑さに弱いのだが、節電のできる子だ。そんな僕のお墨付きはともかく、ただならぬ気配で待っていると、ふみちゃんの透明なプールバッグから勝手に花柄のしおりが飛び出して、空中でくねくね踊り、無言で僕に何か訴えだした。振り返っても結局僕しかいないので、パソコンと冷房を切り、後を追うことにする。途中、携帯にかけたが電話に出なかった。声さえ聞ければあと十倍勇気が出るのだが、僕はただ使命感で走った。
 このためにわざと残してあったような旧校舎。三階の第二図書室は、名家が寄贈した古い本や書簡が収められていると聞くが、僕には塵の山も同然だ。しおりの導き通り図書室に着くと、鍵が開いていた。中にノースリーブで赤い消火器を構えるふみちゃんもいた。
「数井センパイ! 燃えてるんです!」
 だが、何も燃えていない。声に出して言うほうが良かったか。埃っぽい巨大な本棚に向かい、ふみちゃんが細い足で踏ん張っている。文系の女の子に見えて理系の僕には見えない何かがあるのか。あるとすれば探るしかない。
「なっ、なにがそこで燃えている?」
「百年分の手紙です!」
 そこから溢れ出す状況説明は雑だった。男に想いを寄せた女がいて、男が早くに死んだことも知らず百年間返事のない手紙を出し続けた。やがて百年目、加重圧と夏の暑気でついに燃え出したと涙を浮かべて訴える。花柄のしおりがくねくねおろおろ飛び回る。おうおう。うむ、これは仕方ない。僕の出番だ。
「ふみちゃん、いくらきみでも人の手紙に触れちゃいけない!」
「でも、センパイ、燃えちゃってる!」
「当然だよ! それこそが百年の想いの強さだ! 誰にも読まれず灰になるべきだ!」
「うっ……!」
 僕はこの隙に見えない火の粉から離そうと、消火器を抱えたふみちゃんを抱っこして図書室から駆け出した。途中、階段で下して手を引いたり、ベンチに座らせ落ち着かせてあげたり、夏の勢いで少しキスをしたりした。
 旧校舎の第二図書室はいまも埃っぽいままで、僕もふみちゃんとは別に進展はない。九月になり、文化祭準備の領収書を整理し、一週間の仕事を終えてふみちゃんと帰るだけだ。

(了)


ゆるふわ妖怪小説本『後輩書記シリーズ』の記念すべき第一作目を試し読みのために公開します。
盟友・高橋京希さんがこのシリーズにインスパイアされて書いてくださったWeb連載小説です。
応援お願いします!

関連作品について(後輩書記シリーズ公式サイト)

高橋京希さん作/後輩書記とセンパイ会計Tribute 燃える塵戦記 新米図書委員と塵塚怪王、電子の恋文に悶える

高橋京希さん作品の感想は、ぜひ彼のブログへどうぞ!

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

「後輩書記とセンパイ会計、銀梅の囁きに挑む」(作:青砥十)

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば漫画の神様と称される手塚治虫の親友にだってなれた――は言い過ぎか。ただ、ふみちゃんは小学校時代、自由研究で日本の漫画の歴史と変遷をみっちり調べて、新聞に取材されたほどの上級者だったらしい。もちろん、ふみちゃんは漫画だけでなくすべての本が好きで、歩いて行ける近所の図書館に通い、ありとあらゆる分野を読み込んでいるらしい。
 しかし、いまふみちゃんと一緒に近所の図書館に訪れた一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの本知らずで、数学が得意な理屈屋で、一応今日は読書用の眼鏡を持って来たが、試しに『まんが・世界のめがねの歴史』というのを一冊借りて机に広げたところだった。何の需要でこんな本を作ったんだろうか。
 そんな、二月九日。日本漫画に詳しいふみちゃんの話では、今日は手塚治虫の命日で、「漫画の日」に制定されているそうだ。それもあり、図書館では普段は書庫に保管されている古い漫画雑誌が展示されていて、ふみちゃんはそれを鑑賞しに行きたいと言い、僕はコートに身を包んで何となくついて来たのだった。ふみちゃんは黒髪を両サイドに自然に分けてリボンで結んでいるが、珍しく真っ赤なリボンで黒と白のラインが入っている柄だった。何か理由があるんだろうか。
「今日は白いリボンじゃないの?」
「数井センパイ、違います。これは手塚先生の女騎士のリボンです」
 と、即座に否定されてもいまいちピンと来なかった。手塚治虫の作品に何か関係あるんだろうか。館内でコートとマフラーを脱ぐと、ふみちゃんの今日の服は、青地に白い大きな襟と肩が丸くふくらんだデザインで、青いスカートにベルトをつけ、白タイツと白い靴だった。制服姿を見慣れているが、青と白を取り合わせた私服も似合っている。
 とりあえず、手塚治虫の描いた初期の漫画本も何冊か展示されているらしく、ふみちゃんの横からショーケースを覗いてみると、古い漫画のいくつかは大判のカラーで、紙が一枚一枚分厚い感じだった。昔は絵本みたいだったんだな、と少し驚く。今のコミックスの軽さとは全然違い、この頃はカバンに入れてちょっと読むという生活スタイルではなかったみたいだ。最近ではタブレット端末で読んでいる人もいるらしいから、当時の漫画家たちが見たら目を丸くするのではないだろうか。
 いろんな古い漫画の展示品を一通り見終わると、ふみちゃんは今日読むつもりらしい服飾関係と植物の本を数冊取ってきて、イスに座った。僕は隣りに座るか向かいに座るか一瞬迷ったが、ふみちゃんが隣りのイスをぽんぽんと手で叩いたので、そこに座ることにした。確かに静かな図書館ではこっちのほうが小声で話しやすい。というか、図書館で小声で話すというのは、どうしてこんなにドキドキするんだろうか。
「数井センパイ、今日は『服の日』でもあり、『福の日』でもあるんですよ」
「んっ? ん?」
 ふみちゃんが漢字の違いと由来を説明してくれる。要するに語呂だった。「福の日」ってのは縁起がいいね、と僕は答えた。
「はい、だからこの日に生まれた人は、幸福なのは義務なのです」
 何だかどっかで聞いた気がするフレーズだが、まあ、よく思い出せないからいいか。
 ふみちゃんはまず植物の本を広げた。索引で誕生花を引いてみると【ギンバイカ(銀梅花)】という小さな白い可愛らしい花が出た。写真を見ると、白いおしべが線香花火みたいに放射状に咲いた花だ。
 ただ、驚いたのはそれがフトモモ科フトモモ目と書いてあることだった。植物学者は一体どういう分類をしたんだ。どう見てもこの白い花が太ももには見えないし、白タイツのふみちゃんの太ももを見ても、いや、たまたま今日は白で共通しているだけだけれど、そんなのは関係ないはずだ。

ギンバイカ(銀梅花)

「数井センパイ、違います。フトモモは【蒲桃】という字を書くんですよ」
「えっ……いや……」
 何も言ってないのに、ふみちゃんがノートに正しい漢字を書いてくれた。僕はももが桃だと知り恥じ入ったまま、返答に詰まる。そんな僕の戸惑いを見透かして責めるつもりかわからないが、ふみちゃんはイスを動かし、僕のそばにさらに寄ってきた。緊張するほど近い。
「銀梅花は、花言葉がとっても素敵なんです。ギリシャ神話の女神がこの花に変えられた伝説からみたいですけど、花言葉は『愛の囁き』なんですよ」
 で、言葉を止める。目をじっと覗き込んでくる。
 ぼっ――僕にどうしろ、と。何を囁け、と。
 呼吸を整えて、話を総合する。文系の女の子に言えて理系の僕に言えない何かがあるのだろうか。あるとすれば探る――いや、頑張るしかない。
「かっ……可愛い服だね」
 ふみちゃんの笑顔がふんわりと花が咲いたように明るさを増す。
「数井センパイ、好きですか? これ、お母さんが作ってくれました!」
 喜んでくれて緊張が少しほぐれる。
「いいと思うよ。うん、すごく、いい。ふみちゃんに似合ってる」
「銀梅花は二月九日の誕生花ですが、花が咲くのは六月なんです。写真じゃわかりませんけど、とっても香りのいい花なんですよ。純潔の白の象徴として、結婚式のお祝いで花嫁のブーケにも使われる花なんです。だから、この花に縁がある人は、周りのいろんな人に祝福されて、幸福になるのは――義務なんです」
 僕は、ひとつの物がこの時代まで愛され続けた由来を知り、それをこんなに楽しそうに語るふみちゃんを素直に愛らしいと思う。ただ、ちょっと興奮して囁きを超えている気がした。僕はふみちゃんの頭を優しく撫でる。
「女神の成り変わりなんだね」
「はいっ。数井センパイ、合ってます」
 今日は久しぶりに図書館へ一緒に来て、『愛の囁き』という花言葉を知ったけれど、ふみちゃんとは別に進展はない。眼鏡の歴史の本を半日かけて読み終えて本棚に返した後、閉館時間の放送にも気づかず夢中に本を読んでいるふみちゃんの背中をぽんぽんと叩き、コートとマフラーを着て、寒空の二月、ふみちゃんの家まで送ってあげるだけだ。

(了)


青砥です。二月九日の誕生花にちなんだ話を書きました。
お読みくださり、ありがとうございました。
気に入ってくださったら、拍手やコメントやツイートなどぜひどうぞ。

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2013年賀小説「後輩書記とセンパイ会計、蛇道の苦悩に挑む」(作:青砥十、画:葛城アトリ)

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば徳川将軍家の縁者にだってなれただろう。二代将軍秀忠の娘、そして三代将軍家光の姉にあたる、珠姫という女性は、幼くして政略結婚で前田家に嫁入りしたが、その先で夫と仲良く過ごすほど無垢で純粋な人だったらしい。年末にテレビでそういうドラマを見たせいもあるが、ふみちゃんは、背が小さくてふんわりした雰囲気があるが、目を見張るほど華やかで美しい着物を着て神社に参拝に来たとき、なぜかそういう可愛らしい純心な姫に重なったのだ。
 一方、わけあって蛇の神社にふみちゃんと一緒に来た一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの和服音痴で、数学が得意な理屈屋で、蛇に合わせてフレームの表面が少しざらっとした眼鏡にしたことだけが今日のこだわりだった。
 今日は一月十一日、初詣には少し遅い日である。ふみちゃんは家が神社なので、正月の一週間ほどは巫女として家の手伝いをする。もちろん、僕はふみちゃんの家の神社にも元日から参拝したのだけれど、やっぱりふみちゃんが働いていると落ち着かないというか、少し日を改めて別の神社に行こうかな、と軽い考えで提案してみたのだ。
「数井センパイ、それなら、鏡割りの日に蛇の神社に行きましょっ」
「あ、ああ」
 鏡割りの日がどんなものか知らなかったので、すぐなのかもっと先なのか不明だったが、とりあえず頷きながらふみちゃんに聞いてみると、鏡割りはもともと一月二十日だったけれど、三代将軍の徳川家光がその日に亡くなったので、それ以来日本では二十日に行うことは自粛され、一月十一日になったそうだ。その説明では鏡割りの行事のことも、蛇とのつながりも全然つかめなかったが、とにかく、幸福を呼ぶとされる白蛇を祀ってある神社が少し離れた町にあり、バスで行けるからセンパイの自転車の後ろじゃなくて大丈夫、と行き先も行き方もとんとんと決まってしまい、僕はただその参拝プランに同意するしかなかった。
 当日になり、バス停に少し早めに着いて待っていると、なんとふみちゃんが正月の巫女服とはまったく違う振り袖姿で現れたのだ。髪をアップにし、花かごみたいな髪飾りをつけ、きれいな赤い生地の着物に百花繚乱のごとく色とりどりの花柄が刺繍されている。しっかりした帯と小さな手提げバックは落ち着いた金色でそろっていて、絶妙な調和だった。こういうのは自分で着付けするのは大変だろうから、お母さんにやってもらったんだろうか。ということは、ふみちゃんが僕と外に出かけると知っていて、こんなすごい振り袖を着せたのだろうか。
「数井センパイ、そのマフラー新しいですね」
 バスが来るまでの間に僕の格好を見て言った。眼鏡や服は新品でなく、マフラーだけがお年玉で早速買ったものだった。コートやパンツは濃いグレーで、赤い柄を織り交ぜた黒いマフラーを巻いていた。白蛇の神社に行くのに、まさか赤で一致するなんて。
「うん、買ったばかりなんだ」
「赤が一緒で嬉しいです」
 まっすぐ微笑まれると、僕も変に照れ臭く、もちろん嬉しかった。

 バスでのんびり行くわけだが、ふみちゃんが語り出した蛇神の話は結構重たかった。
「縁起がいい話と、縁起が悪い話、どっちを先に聞きますか?」
 何かそういうわざとらしい台詞がある洋画もある気がするけれど、そんなことより、僕はよくわからない判断を迫られた。普通、縁起がいいほうを先に聞きたくなる。前者を選ぶと、ふみちゃんはぐっと身を寄せてきた。バスの中は混んでないが、座席は結構狭い。こっちがコートで向こうが着物だから余計そうなのかもしれない。しゅるるっという着物のすれる音がお正月らしくて新鮮だ。
「鏡餅って何であんな形かと言うと、白蛇をかたどったものとも言われるんですよ」
「蛇? そうかな?」
 ふみちゃんが言うことはきっと十分なくらい下地の知識があることなのだけど、僕は二段重ねの餅にみかんの載ったものが白蛇とは頭の中で重ならない。が、ふみちゃんは構わず続ける。
「もちろん、神事で使われた青銅の鏡をかたどってるんですが、二段に重ねた形は蛇がとぐろを巻いた形で、本当にお餅を細長くして蛇のとぐろみたいに巻く地方もあるんですよ」
 と、手で餅をこねるような仕草をして話す。僕は頭の中で大きな鏡と蛇のイメージが一応出会いはしたが、幾何学的な検討の結論として餅にはならず、みかんが『おい、俺はどうした』という感じでふて腐れていた。自販機で買ってきたペットボトルのお茶を飲む。
「……それが、縁起がいい話?」
「うん」
 シャラッと紅白の髪飾りが揺れる。きれいな黒髪にぴったりだ。
「で、縁起の悪い話は?」
「着いたら話しますね」
 まさかの引きだった。あと三つくらいはバス停あるのに、ふみちゃんは別の話を始めたが、縁起が悪いことが気になって頭に入ってこなかった。

 バスから降りて少し歩いたところに『蛇道明神』という古めかしい看板がかかった立派な赤い鳥居が立っていた。これも赤だ。境内を眺めると、参拝客はいるけれど初詣のシーズンを過ぎたせいか、人の数は少なくて寒々しい感じだった。特に考えもなく、『蛇道明神』という看板を見直す。
「神社――ではないんだね。蛇だから?」
「数井センパイ、違います。明神は、古い社(やしろ)の証拠なんですよ」
 今年も早々に否定されてしまった。たぶん僕がそんな質問をするとは思ってなかっただろうけど、ふみちゃんも条件反射的に正しい説明を返してくる。
「古い神社?」
「神社っていう言い方は、近代になってからなんですよ。それまであまり統一した名称の付け方はなくて、神宮とか明神とか権現とか八幡とか天神とかいろんな呼び方があります。もちろん、神道系と神仏習合系では違うんですけど、神社と呼ばれてないところはみんな歴史が古いんです」
「へぇ……そっかぁ」
 としか答えようがなかった。僕でも知っている有名なものだと、明治神宮、湯島天神、伊勢神宮、北野天満宮、出雲大社とか――確かに神宮や天神などいろいろだ。もっとも、違いは全然わからない。
「じゃあ、ここは歴史が古いんだね」
「蛇は水をもたらす神様と言われ、昔から信仰されてたんです」
 ふみちゃんの話では、明神とは、神は仮の姿でなく明らかな姿で現れるという意味で、日本に仏教が伝わり広まった時、神と仏の関係は何かの議論があり、神は仏の信者を守護するという形で落ちついたらしい。それが神仏習合というもので、明神はそのひとつだという。つまり、ここは蛇の神様で、仏教の信者も守護するという器が大きい存在なわけだ。守護するという言葉を聞いて、蛇がとぐろを巻いて人を護ってくれる姿が浮かんだ。
「でも、数井センパイ、ここは江戸時代に蛇責めの刑に遭った女性が塚に祀られてるんです」
 いきなり言った。
「へっ、蛇責め? 神様の蛇を攻撃したりするのか?」
「数井センパイ、違います。人が全身を蛇に噛まれる刑です」
 一気に寒気が走った。全身を――蛇に――噛まれる。そんなの確実に毒で死んでしまうじゃないか。バスの中でふみちゃんが言いよどんだ縁起の悪いことはこれなんだろうか。たぶんそうだ。顔をのぞくと、ふみちゃんも思いつめた表情をしている。
「すさまじい処刑方法だね……。それって日本の話?」
「江戸時代、政略結婚のために地方へ嫁いだ将軍家の姫様がいたんですが、結婚した旦那さんとすごく仲良くなって、将軍家のことを結構ぺらぺらしゃべってしまったらしいんです。江戸からつかわされた乳母がその失態を知って、姫様を折檻してらしくて」
「それで、姫様が蛇に?」
「――数井センパイ、違います」
 少しむっとした表情でぴしゃりと言い返された。確かに途中で話を切るべきでなかった。
「姫様は旦那さんと一緒に過ごせないと気に病んで、衰弱死してしまったそうです。で、死ぬ寸前に姫様の本音を聞いた旦那さんが怒りに狂い、乳母を呼び、領内から集めた無数の蛇で処刑したんだそうです」
 重かった。重すぎて胃が痛くなるほどだ。僕の表情は完全に凍り付いていた。何で新年の鏡開きの日にそんな無残な処刑方法をじっと聞いているのか。ふみちゃんの振り袖を見られて軽やかに躍った僕の心は、冷水を浴びたように固まり、蛇にでも睨まれているような心地だった。
「あの……数井センパイ、すいません。今日は――そういう女の恨みがこもった帯の供養に来たんです。この、蛇みたいにぐねぐねと宙をうねる帯の供養に……」
 ん?
 蛇みたいに宙をうねる、帯?
 しかし、ふみちゃんの帯は背中から腰にちゃんときれいに付いている。バスで座った程度で乱れはない。ただ、やっぱり――そういう事態ではないようだ。手提げバッグに入れてきたらしき愛用の花柄のしおりが、そこから新年らしく威勢よく飛び出し、きゅるきゅると宙を舞い始めた。こういう異常事態は前にもあった。まあ、そんな恨みの宿ったものの供養に来たのなら、普通に終わるわけもない。文系の女の子に見えて理系の僕に見えない何かがあるのだろうか。あるとすれば探るしかない。
「何が……蛇みたいに……?」
「帯です。帯の一端が蛇の頭みたいになって、数井センパイと私のまわりをうねってます」
 えっ! 僕もちょっと巻き込まれてるのか! これはどうしたらいいんだ。帯はどこも乱れてない。普通のままだ。
「そいつは……神社に入れば……収まりそうなの?」
「むしろ『蛇道明神』に近づくほど元気になりますね。でろんでろんの、ぐわんぐわんに」
 ふみちゃんの口にする擬態語が逃げ出したいほど不気味だった。もう何か帯だか蛇だかわからないものがかなりの躍動感で踊り狂ってそうだ。しかも神社――いや明神に近づくと余計に勢いが増すとか。もう引き返すしかないんじゃないか? だいたい、自分の家の神社で払ってもらったほうが良かったんじゃないのか、と僕は頭を抱える。頭を抱える一方、足が動かない。足が自分の意思に反して動かないのだ。蛇に睨まれた心地は、もしかすると体が感じ取っているのかもしれない。
 そんなことがあるなんて、やっぱり信じたくないけれど。でも――僕の足は石段を昇れない。さっきからずっと赤い鳥居の前で二人で立ち尽くしているなんて、おかしいわけだ。蛇状になった帯が――いま僕たちを進むことも戻ることも出来ない状態にしているのだと、仮定したら。
 問うべきはひとつだ。

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「悪いけど、恨むのはお門違いだ」
「えっ……?」
 ふみちゃんが目を丸くして驚く。さっきまで蛇責めを受けた乳母の恨みを切々と語っていた口が、少しポカンと半開きになった。
「恨むなら、窮地から逃げられなかったことを恨むんだ。その足があったはずだ」
「足は……」
 本当はなかったのかもしれない。身の危機を感じても遅かったのかもしれない。蛇に睨まれた存在のように。姫様の旦那は藩の領主だ。もうぐるりと身辺を囲まれ、退路がなかったのかもしれない。
「ただ、這ってでも跳ねてでも――何とか逃げられたんじゃないのか? 姫様がそういう遺言を旦那に残すことも、怒り狂った旦那に殺されることも、予想できたんじゃないのかな?」
 けれども、生き延びられなかった。足がすくんだのだろう。だったら命が尽きるとわかったとき、現世に無念を残すより、清らかに神の守護を求めても良かったんじゃないだろうか。
 ふみちゃんと向き合い、黒髪を撫で、目と目をしっかり合わせ、お互いに緊張と疑心で高ぶった気持ちをなだめるように言い聞かす。
「姫様を、責めるな。旦那さんを、恨むな。姫様は救いのない人だったか? 姫様は不幸だったか? 純粋に生きてたんじゃないのかな」
 こくん、と頷いた瞬間、僕はふみちゃんをきゅっと優しく抱き寄せた。しゅるしゅると着物とコートがこすれる音がする。帯に気を付けながら、子供をあやすように背中をゆっくりやわらかくポンポンと叩いてあげる。
 寒空の下で、ふーっと温かいふみちゃんの吐息が胸に当たった。
「――数井センパイ。あのね……ちょっとだけ、違います」
 蛇がどうとか帯がどうとか言い始めてからずっと沈黙し強張っていたふみちゃんが、ようやく口を開いた。
「ん? 何が違う?」
「姫様は……不幸な人でした」
 もう、今となってはそういうことではないのに。純粋な生き方は認められるのに。
「そうか?」
「自分を守ってくれる大切な人と、長く一緒にいられないなんて……姫様は不幸な人でした」
 ふみちゃんはもう一度深く僕の胸に顔を埋めて、ふーっと息を吐き出した。こんな場所に立ち尽くしたままは寒いけど、もう少しの間しっかりと抱き締めた。今日の縁起が悪いことは、もうこれきりで本当に終わって欲しかった。

 いつの間にか空飛ぶ花柄のしおりの姿は消え、手提げバッグに戻ったのかどうなのか、僕にはわからない。ただ、僕たちの足はまた動いた。石段を昇り、『蛇道明神』の看板を見あげながら赤い鳥居をくぐる。帯が蛇のようにうねったというのも、ふみちゃんの言葉から消えていた。草履が歩きにくいのか、僕の左腕に腕をめいっぱいからめながら、「うんしょ、うんしょ」とつぶやいて一緒に石段を昇った。恨みを残した女を語り出した時はひやりとしたが、もう今はただの背が小さい振り袖姿の女の子だった。
 最後の石段を昇り終えると、赤い着物と金の帯によく映える笑顔がぱっと咲いた。
「数井センパイ、嫉妬ですよ」
 急だった。いや、僕は何にも目移り気移りしてなくて、今日はずっとゆっくり歩くふみちゃんを見守ってるじゃないか。
「帯が蛇みたいになるのは、嫉妬の気持ちらしいです」
「ん、そうなのか……?」
 いや、帯が蛇みたいに――を信じているわけじゃないけれど。一応、調子に合わせて相槌を打った。
「乳母だって、きっとよその家は恐かったんです。なのに、純粋に旦那さんに心を預けて溶け込んでいる姫様を見て、心がぐねぐねとねじれたのかもしれないです」
 それは、確かにそうなのかもしれない。自分が越えられない心の囲いを、まるで羽が生えたように楽々と越えてしまう人を見て腹が立つこともあるだろう。だけど――と僕は考える。
「乳母の側だけ見れば、姫様に葛藤がなかったふうに聞こえるけど、それは違うかもしれないね。一緒にいる人が大事なら、自分が変わることもあるんじゃないかな」
 目が合った。
「ふふっ。どうですかね、センパイ。変われますか?」
 ふみちゃんはほんの少し僕を試すような笑顔だった。
「……どうだろうね」
 昔の話だからね、と僕は話を締めくくった。

 蛇道明神の中の建物はどれもこじんまりしていたので、どれが本殿でどれが祠か区別がつかないので、ふみちゃんの巡るがままにくっついて全部に拝み、お賽銭をした。狛犬代わりに白い石で出来た蛇の像がいくつもあったり、社殿の欄干や壁にかかった額縁などにも白い蛇の絵があちこち描かれていて、普通の神社とは雰囲気が違った。最後に社務所に寄って、厄除けの蛇の御守りを買い、満足した表情でふみちゃんは僕の顔を見あげた。
「済んだ?」
「済んだ」
 すぐに頷いた。全部やることを果たしたのだと思う。
「蛇ってさ、金運が良くなるんだっけ?」
「数井センパイ、違います。水の守護神ですよ」
 確か、蛇の皮か抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まるとか聞いたような気がするが、水の守護と言われても、結局何を護ってくれるのかピンと来なかった。まあ、蛇の抜け殻とかも迷信なんだろうか。そんなものでお金が貯まるのも変だ。
 帰りのバスの時間を調べてこなかったな、と考えながらまた鳥居をくぐり、石段を下りた。
「数井センパイ、いい鏡開きでしたね」
「え、そうかな」
 さっき蛇の囲いだか女の嫉妬だかに巻き込まれたような気もするけれど。ふみちゃんはあれも織り込んでいい鏡開きだったと言っているのかな。顔がすっきり健やかだから何も問い返せなかった。
「うちは鏡餅を開いたら油で揚げてあられにするので、生徒会室のおやつに持って行きますね」
 並んで食べるところを想像するとすごく嬉しいんだけど、鏡餅が蛇のとぐろをかたどってるとか言われたものだから、何だか少し背中がゾワゾワする感じだった。あんな由来、聞かなかければ良かったと内心後悔しつつ、ぐっと飲み込んだ。
「うん、いいね。楽しみにしてるよ」
「袋いっぱい持って行きます!」
 どんな袋サイズかわからないが、それを考えるのはやめ、帰りのバスで温まりながら帰路に着いた。帯の出来事があったせいか変な脱力感があり、ふみちゃんとは別に進展はない。しゃらっしゃらっとやんわり揺れる紅白の髪飾りを並んで見おろしながら、ふみちゃんを家の神社までゆっくり歩いて送り届けるだけだ。

(了)


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2012GW小説「後輩書記とセンパイ会計、男色の狩人に挑む」

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば、「東海道中膝栗毛」の講談師にだってなれただろう。弥次さん喜多さんは江戸から大変仲良く二人旅をはじめ、箱根の峠に差し掛かったあたりで、全裸で四つ足の歩く肉人と言うべきものに行き遭った。それは顔に薄ら笑いを浮かべ、涎を垂らしている。「┌(┌ ^o^)┐ ほもぉ……」と鳴いた声は女人のようであった。と、生徒会室でふみちゃんは前置きもなしに訥々と語り出す。
 何か邪気あるものに取り憑かれてしまったのか。僕は一呼吸置いて眼鏡を直し、ふみちゃんのかばんから花柄のしおりがくねくね踊り出すのを見た。文系の女の子に見えて理系の僕に見えない何かがあるのか。あるとすれば探るしかない。
「……それは、危険なのか?」
「数井センパイ、違います。危害はありません。ただ、いつもニヤニヤあなたの隣に、名状しがたい混沌、這いよるホモォです!」
 すでに溢れ出していた状況説明は雑だった。いや、状況説明ですらなかった。この時代の男色家には膝に栗毛があり、四つ足の女人はそれを集めていたらしい。集めた毛で筆を作り、黄表紙でも青表紙でもない、腐表紙という書物を出して盆や暮れに売るのだと言う。
 これは止める必要があるだろう。腐表紙に彩られたふみちゃんは困る。僕の出番だ。
「ふみちゃん、いくら本好きでも、キャラが崩れるからそっちに踏み込んじゃいけない!」
「でも、センパイ、腐っても鯛、いや腐って鯛、むしろ腐ってたい☆ですよ」
 突然すぎるのもそうだけど、何でこんなに熱いんだ……!
「ふみちゃん、そっちはまずい。ハンターが狙ってるから!」
「センパイ、違います。捨てるカプあれば拾うカプあり、二次から出た真、表紙は寝て待て、後悔入稿前に立たず、ですよ」
 ダメだ、何とかしないと……。
「――腐表紙作りの格言はわからないけど、『腐る』という字は家の中で肉が付く、って偉い人が言ってたよ」
 すると、この一言で、ふみちゃんに取り憑いたものは掻き消えた。冷水を浴びたように呆気ない幕切れだった。ふみちゃんは脱力してクタッとなり、僕は慌てて支えた。
「――ん、ふみすけ、どうした? 金欠か? 酸欠か? ドンケツか?」
 ちょうど生徒会室に入ってきた会長の屋城世界さんに心配される。絶対にそんな理由で倒れた状況に見えないはずだが、微妙に間違ってない気がするのはなぜだ。
 ちなみに世界さんはすごい名前だが、性別は男だ。
「┌(┌ ^o^)┐ ほもぉ……」
 ふみちゃんは目を閉じたまま、うなされるようにつぶやく。まだいたのか。陸上部で鍛えられた体を持つ世界さんの登場に反応するな。

 その後、目を醒ましたふみちゃんは普通の感覚に戻り、いつも通り古典文学を原書コピーで読んでいる。字がくねくねしていて僕にはわからないが、コピー本のあり方は古代から大差ないそうだ。
 ふみちゃんが筆箱から毛筆の筆を取り出したので、一瞬焦ったが、写本を始めただけだったので安堵した。いつも通り特に進展も新刊も震撼もないが、写本を終えたふみちゃんと一緒に帰るだけだ。

(了)


先日、ツイッターを席巻したネタでひとつ書いてみました。
2012/5/6(日)の文学フリマで、単行本新刊「後輩書記とセンパイ会計、不浄の美脚に挑む」を発売します!
こんな内容じゃないから安心してね! よろしくお願いします。

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

「ノドイモッ! の処方箋」

※予想通り物議を醸した茶林さんのショート作品「ノドイモッ!」を先に読まれることを推奨します。
また、本作は内輪ネタを多数含みます。あらかじめご了承ください。それでは張り切ってどうぞ。


 昔から「喉に通しても痛くないほど可愛い妹」などという言葉があるが、本当の妹なんて『うざい』の一言に尽きる。この格言を歴史に残したやつは妹なんかいなかったんじゃなかろうかとさえ考えてしまう。と、妹という属性で思索に耽っていると、ガチャリといきなり部屋のドアが開いた。
「ねぇねぇ、兄上、胸が育たないでござる」
 これが中二の妹である。バカ、お前ノックをしろ! と慌てて保健体育の自宅教材を妹の視界から隠す。薄い本? 動画サイトに決まってるだろそんなの。
「胸が3Dにならないでござるよ、にーにん」
 だからどうしろと。左が赤で右が青の二色メガネとかあり得ないぞ。もう外で遊んで来いよ。いや、この痛さだとそれも困るな。太ももの相談ならいくらでも聞いてやるが、胸のほうは不得意科目なのだ。だいたい僕は2Dでも愛せる。そういう男は将来たくさん出会えるよ。心配するな。
 ちなみに妹の語尾が忍者ハットリくんかぶれみたいなのは、順を追って説明すると、何でも先日、電子レンジでサツマイモのふかし芋を作ろうとして、手違いで感電して、芋津鞠斬之介(いもつまりざんのすけ)という侍の霊が乗り移ったらしい。
 最初は侍だったはずが、いつの間にか「拙者は世を忍ぶ存在になった」と開き直って兄をニンニンと呼ぶようになり、食事中にそれは止めてくれと頼んだら、元々の呼び方(呼ばせ方)であった「にぃ」と化学反応を起こして「にーにん」になった。いやむしろ核融合とか近未来素材みたいな感じである。
 そもそも感電少女というだけでも十分痛い属性がついたのに、中身が兄を「にーにん」と呼ぶ侍というのだから、こんなものが喉を通って痛くないわけがない。僕の目が白いうちは嫁に出せるわけがない。間違った黒いうちだ。
 さて、まったく話が進まないわけだが、設定の説明が終わったので、後はもう流れ作業みたいなものである。予定通り黄色いタコ型地球外生命体を殴り、ぺしゃんこにして、美女に囲まれるハーレムエンドを迎えるだけだ。これからそういう話をする。楽しみに聞いて欲しい。

 まずは目の前の妹だ。名は真降(まふる)という。親が勝手につけたんだ。便宜上ではない。
「昨日、昔の拙者ーーつまりは芋侍が夢枕に立ったでござる。大事な話があると」
 おっと、芋侍って自分で言ったよ? 真降の人格が混ざってるからか? だとしたら申し訳ないな……兄として。
 真降は口惜しそうに語る。
「拙者の宿っている身体が、胸が育たない奇病にかかったでござる。恐らく、拙者は巨乳にしか興味がない主義を一生貫き通したのに、この世で乳の小さい……失礼、未発達のおなごの身体に宿ったが故に、呪いが発動したのでござろう、にーにん」
 何か途中言い直したな。語尾のうざさは百歩譲るとして、巨乳絶対主義を貫いた侍って……何だその仇討ちに遭いそうなやつは。案外もうそこら中で袋叩きにされてそうだけど、まあ、いいか。何より不憫なのは妹の胸だ。たとえ巨乳に育たなくとも普通に成長する可能性は取り戻してやりたい。健全な兄の思いとして。
 考えがまとまったところで、中の侍に尋ねる。
「呪い? 参考までに聞くけど、どうやったら解けるんだ? 言っとくけど、いくらラノベ的だからって実の兄とキスとかエッチとか歯磨きとかダメだぜ?」
 真降はポカンとする。え、中の侍がポカンとしたのか?
「現世ではそうやって呪いを解くのが一般的でござるか? にーにん」
 んなわけないが。もう混乱してきて、こっちが自爆して赤っ恥をかいた感じになってしまったが、とにかく中の乳好き侍を追い出せば問題は解決しそうだ。というかこんな迷惑なやつ一刻も早く何とかしないと。
 霊的な問題による若い女性の奇病か……。机に向かい、ネットで調べ始めると、出るわ出るわ怪しげな専門家の名前が。これ占いとか宗教とか詐欺とかじゃないか? と疑いつつ、何とかまともに解決してくれそうな専門の医者を探し当てた。
「おい、真降、ここなら大丈夫そうだぞ」
 振り返ると、真降が背後から抱きつきかけていた。真降は、駐車場で目が合った猫みたいにハッという表情をする。待て待て、いまお前の中身はどれだ。妹か、侍か、真降の元の人か。いやどれでもマズイだろ。
「兄上、やっぱり頼りになるでござるっ! にーにん!」
 侍の線だけは消えた。分かった。分かったから。
 いいか迷言を残した先人よ、悔い改めよ、肝に刻め。本当の妹なんて『うざい』の一言に尽きるのだ。

 いよいよ本題。
 若い女性の奇病を専門として少し名の知れた先生がいた。名は不二という。医者でふじなど縁起でもないが、先生の場合は関係ない。ネット情報では、年は三十過ぎと若いのだが、面相は恐ろしく老けている。先生の病院に行くと、近所のお年寄りが喉に通りやすい煮物などを渡して気遣ってくれる様子を見かけた。
 お年寄りに好かれる人に悪い人はいない。そう思って、診察室で正直に経緯を説明する。不二先生は「中学生は久しぶりですね」とつぶやきながら親身に聞き入ってくれるが、肝心の真降は先生のそばに立つ看護婦の胸に見入っていた。
 変わった名前なのかと名札を見ると、「菜乃葉」という苗字か名前か分からない感じだったが、たぶん中の侍がナース服に包まれた胸のサイズを目測しているに違いない。こんな具合に、奇病は明らかに妹の日常生活に悪影響を及ぼしていた。
 説明を終えると、不二先生は神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。
「失礼ですが、黄色いタコ型地球外生命体の話はどうなりました?」
 あっ!
 という顔を思わずしてしまった。隣りの真降はもう看護婦の胸から興味を失っている。どうやら普通サイズだったようだ。僕はいったい何を気にしてるんだ。とにかく先生の質問に答えないと。
「タコ型ですか。そ……それは、妹の中にいるような気も、いないような気も、いや今頃どこかで干されてたり加熱されてたり裁断されてたりする予感もするんですが……」
 先生は穏やかに苦笑いする。
「まあ、仮にタコの話をされても、宇宙人による奇病は専門外ですから、よそに紹介状を書いてあげる程度しかできませんが」
 そういう専門医とかいるんだ。タコ相手なら実力行使でも良いような気もするけど。
 トン! 先生は長い指でカルテを叩いた。
「幸い、回り道せず、ここで対処法をお伝えできますよ。妹思いのお兄さん」
「あ、ありがとうございます」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「菜乃葉さん、照華さんと梨伊さんもここに呼んでください」
「はい!」と看護婦は元気に奥へ小走りに向かって行った。すぐに看護婦が三人揃ってやってきた。懐かしいアイドルの登場みたいな乗りだ。みんなナース服だが、ちょっとおかしい。その上にエプロンを着けている。
「きゃー! 妹さん可愛いー!」と一気に賑やかになり、きゃっきゃうふふと取り囲まれた。なぁ、この先生、というかこの病院、信じていいんだよね……?
 菜乃葉さんから僕たちにも華麗にエプロンが配られる。
「はいっ、妹さんのも! お兄ちゃんのも!」
 勢いに負けて着ることになった。どういうことだこれ。さすがに真降もちょっと挙動不審になる。当然と言えば当然だ。
「ねぇねぇ、これって何が目的でござったか? にーにん……」
 真降あるいは芋侍どちらの本心だろうと、真っ当な疑問だった。
 だが、こちらのペースは構わず、
「さっ、すぐに用意するからね。妹思いのお兄ちゃん」
 照華さんという名のウサギ柄のエプロンをした看護婦が慣れた手付きでサツマイモを洗い始めた。
「手抜きせず、美味しくふかさないとねー。妹思いのお兄ちゃん」
 梨伊さんという名のなぜかフード付きのナース服を着た看護婦が、蒸し器を準備している。えっと、ここ診察室だよね?
 ただ、きれいな年上女性たちに何度もお兄ちゃんと呼ばれて、かなり気恥ずかしくもありつつ、だんだん気分が高揚するようになったことは、妹には内緒だ。
 その傍らで、不二先生は軽やかに腕組みしながら様子を見守っていた。
「妹さんが奇病を患った原因は、芋が喉に通るように電子レンジでやったら失敗したことです。ふかし芋は蒸し器に限ります。年寄りの知恵は素直に倣うものですよ。さ、お兄さんも手伝ってください」
「あの、料理なんかで……?」
「治す方法を、言いましたよ」
 そして、処方箋を渡された。きちんとご利益がありそうな模様が刷られた清らかな和紙に書かれていたのは、ふかし芋のレシピだった。

 先生いわく、ふかしとは不可視でもある、と。つまりは霊体だ。また、ふかしは空振り、すなわち正しくやれば呪いの失効になると。
 それと、ふかしは不可死でもあり、不死は不二なので、先生自身もふかし芋が大好物で、作り方は近所のお年寄り直伝だから絶対に保証する、と。
「後でちょっといただきますよ。よろしく頼みますね」
 先生は、看護婦たちに調理を任せつつ、途中楽しそうにちらちら覗きながら、診察室に立ちこもる美味しそうな湯気を堪能していた。
 そして、完成した手作りふかし芋は、冬にぴったりで、心温まる最高の優しさと甘さだった。不二先生もうんうんと実に満足げにホクホク食べている。
 それはいいとして、何を血迷ったか、看護婦たちは兄として真降にふかし芋をあーんしてあげなさいと煽り、僕は顔を真っ赤にしながら一応従った。蒸したての芋をスプーンですくい、ふうふうして妹の口に運ぶ。真降がモグモグゴックンすると、何とすぐに口調が元に戻ったのである。
「なぁ、ちょっと、にぃ」
「おっ? お、おおぉ……?!」
 乳好き侍のもたらした最低な呪いはちゃんと解けたのだ!
 やった! ふかし芋を乗せたスプーンに思わず力がこもる。真降が元通りにーー
「なぁ、ダメッ、熱いって! こんなに一気に食えるわけないだろぉ! クソバカにぃ!」
 不二先生も看護婦たちも一瞬目を丸くしたが、いや、これでいいのだ。これでいいのだ。これが日常だ。
 本当の妹なんて『うざい』の一言に尽きるのだ。


 結局、黄色いタコ型地球外生命体はどうなったかって? まったくスルーするのが一番の始末方法なんじゃないの?
 つまり、そんな存在を忘れたり思い出さなかったりで、先生たちに芋代を払って深々とお辞儀をし、二人で帰路に着いた。
 途中、真降から思いがけず「蒸し器ってうちにもあるのかなぁ」などと聞かれたが、どうせ料理なんかしないだろと苦笑いし、もう胸の相談なんかするんじゃないぞ、と頭を少しこづいて帰った。

(おわり)




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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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