
ぴりちゃんはある日突然、グラニュー島の王宮に呼ばれた。
王宮の使者が差しだす手には触れず、早速マジパンの馬車に乗りこめば、紅茶をいただく間にも、バームクーヘンの橋を渡り、ザッハトルテ帽の門衛たちに挨拶し、七色のゼリービーンズで彩られた王宮に辿り着く。
謁見の間では、頭にカスタードロールケーキを並べた王様が待っていた。
「よく来たぴりちゃん、姫を助けておくれ」
「姫様がどうかしましたか」
「甘いものが好きで好きで太って太ってのう……」
この環境なら無理もない。困り果てた王様の横で、ウェハースを脇に抱えた宰相がフォローする。
「姫様はいくら言っても王宮の外へ食べに出てしまう。どんな食べ物もぴりっとさせるお主なら姫の暴食を止められるはずだ。もちろん相当の褒美をつかわすぞ」
これはまた予想外。
「ああ、どうやら勘違いなさっているようで。それは、ぼくと別のぴりちゃんです」
王様はひっくり返る、宰相も苦い顔。
しかし、せっかくの褒美を逃す手はない。
「ですが、王様ご安心を。ぼくは静電気のぴりちゃんです。姫様の部屋のドアノブにずっと静電気を流しましょう。これで外には一歩も出られません」
<了>

老朽化した黒い銀河がゆさゆさと傾きはじめ、熱波は寒波に、寒波は熱波に、いきものは弱いものから順に裏返っていく。結合が解け、塵化した弱きこいびとの、かれらの変わり果てた石を、ひとびとは片時も忘れじと誓い、メイオウ星に送りつづける。それまで平坦だった虚ろな星に、やがて風の路ができ、溜まり場ができ、少しずつ少しずつ堆積されて、ひと肌の燃料となっていく。矮小な星のたみは、暗いほらの棲み家から這い出して、手先が器用であるがゆえ、この燃料で生者たちへの便りを星空に飛ばしつづける。宛て先はどこでもない。帰り路、ぶきっちょの石打ちモルヘンは、方向音痴のジャノメシソチョウの奥歯をうっかり踏みつぶす。モルヘンの足跡はそこから白くなる。一方、砕けた欠片は粉雪のように舞いあがり、紅くかすむ第七銀河の辺境に流れ着く。そこにまた見たこともない集落と、風の路がごんごうごうと鳴っているのだ。ジャノメシソチョウはふたたび乾いた風を得て、とんとんとつと奥歯を鳴らす。こんこん、こっつぅ。とんとん、とっさぁ。
<了>
青い瞳の少年は夢精のあった次の夜、祖母に連れられ書斎へ通された。燭台の向こうに浮かぶ祖母の横顔をうかがえば、年老いた指が棚の埃をずるりと掬い取る。この館はかつて帝政が革命で蹂躙された日から代々続いてきたと云う。
祖母は、少年の呼吸を乱す戸惑いを嗅ぎとり、椅子から立ちあがった。杖の先を天井の鍵穴に差し込み、鉄の扉をはねあげる。祖母の細腕にどうしてそんな力があるのだろうか。少年は扉のかげに何かが手伝う気配を感じた。
祖母の尻に続いて梯子を昇り、屋根裏へと潜りこむ。すえた匂いに灯火をかざせば、日の差さぬ一室に帝国調の寝台が安置されていた。胸を焼く甘い香り。飴玉だ。孤独な寝台を慰めるように無数の飴玉がまわりを埋め尽くしていた。
少年はガラスの花畑を危ぶむようにして進む。はめ殺しの天窓から新月が流れこむ、遠くで弦楽奏が鳴る、寝台のそばで飴玉の絨毯が小さく窪む。じゅら。遠慮がちに。じゅら。
そこで止まっておいで――何ものかが物陰でどちらへともなく告げる。少年は振り返り飴玉の海をやみくもに掻き分ける。やがて睾丸が片方こぼれ落ちると、窪みは足早に駆け寄って、白い指でそれをどろりと掬い取った。
<了>
祖母は、少年の呼吸を乱す戸惑いを嗅ぎとり、椅子から立ちあがった。杖の先を天井の鍵穴に差し込み、鉄の扉をはねあげる。祖母の細腕にどうしてそんな力があるのだろうか。少年は扉のかげに何かが手伝う気配を感じた。
祖母の尻に続いて梯子を昇り、屋根裏へと潜りこむ。すえた匂いに灯火をかざせば、日の差さぬ一室に帝国調の寝台が安置されていた。胸を焼く甘い香り。飴玉だ。孤独な寝台を慰めるように無数の飴玉がまわりを埋め尽くしていた。
少年はガラスの花畑を危ぶむようにして進む。はめ殺しの天窓から新月が流れこむ、遠くで弦楽奏が鳴る、寝台のそばで飴玉の絨毯が小さく窪む。じゅら。遠慮がちに。じゅら。
そこで止まっておいで――何ものかが物陰でどちらへともなく告げる。少年は振り返り飴玉の海をやみくもに掻き分ける。やがて睾丸が片方こぼれ落ちると、窪みは足早に駆け寄って、白い指でそれをどろりと掬い取った。
<了>

遠征に出た蒸気船団が東方から銀を持ち帰り、城塞の中は待ちわびた女子供でにぎわった。凱旋パレードが鳴り、七色の風船が飛び、抜け目ない商人の声が往来にあふれる。群衆がまぶしげに見上げる巨大な船影の舳先には逞しい皇子の姿があった。皇帝もテラスまで現われて、息子の帰還を目に焼きつける。
皇子は出迎えへの挨拶もそこそこに、蒸気靴を履き、城壁にそって高く飛び上がった。ドーム型の屋根は真珠のように輝き、少しでも太陽熱を吸わないよう造られている。皇子はドームにただ一つの窓を尋ね、すばやく身を入れた。窓は一瞬しか開けてはならない。人影のない室内は高密度に蒸れていて、豪奢な調度品が虚静を紛らわす。
姉さん。皇子は肺胞のすみずみまで姉の粒子をじっくり呼び込む。帝国を守護する水と火の精霊が交わり、皇族で代々ひとりだけ産まれる蒸気体の皇女。輪郭も感覚器も声もなく、ほとんど質量のない彼女はこの密閉された屋根裏に一生を暮らす。
弟は姉の欲しがっていた大粒の紫水晶を掲げ、室内の気圧が昂揚していくのをじっと待つ。気管支は息苦しいほど粘りつき、彼女は見知らぬ外界の土産話を、弟の喉からためらいもなく絡め取っていく。
<了>

宵闇の二番星に牽かれ、沿道の標識に目もくれず、二人はただカーステレオに身をひたし、長い道のりを駈けていく。今夜のために彼女は新しい夏服をまとい、遥かな淵からやって来た。果てしなく天に横たわる河は、時を得てティアラのように輝いて、照り返す河面の銀が小さな車影を明るく染める。
やがてすべてを置き去ると、河のほとりに黄色いネオンがぽつんと見えた。野暮ったい看板はいつまでも変わらない。車を停め、砂利を踏み、手を取って一室へと迷い込む。彼女のスカートは淡い光の尾を引いて、ぽろぽろとアステロイドの欠片をこぼす。言葉などない。覚悟はもう決まっていた。
後ろ手にドアを閉ざす。
星の子として生まれた二人には、侵してはならない絶対の誓約があった。けれど今、彼らのくちづけは唇から先へと伝い、指先は互いの秘密を赦し合う。これを導き入れたとき、一粒の雫さえも残らないだろう。全部わかっていながら、二人は鼻頭をすりあわせ、ほんの一瞬、あどけない笑みを取り戻す。
周囲の六面はすべて失せ、際限のない紺碧に包まれる。
彼女が二三歩退いて合図する。抱きとめようと手を伸ばせば、終焉の夜風が心地よく胸の奥まで沁みわたった。
(了)




