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「後輩書記とセンパイ会計、百年の積読に挑む」

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば紫式部の後輩にだってなれただろう。ふみちゃんは小学生時代、課題図書の宿題が出る前からその本を読んでいたほどの上級者だったらしい。しかし、いまふみちゃんの消息を追う一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの本離れで、数学が得意な理屈屋で、眼鏡を夏用に新調したばかりだった。
 七月二十三日、プールが終わった後、僕は会計の仕事をすべく生徒会室に入った。ふみちゃんからボランティア活動の領収書を預かるはずだった。だが、部屋は空っぽだ。机のパソコンはついたまま。冷房は効いている。ふみちゃんは小さくて暑さに弱いのだが、節電のできる子だ。そんな僕のお墨付きはともかく、ただならぬ気配で待っていると、ふみちゃんの透明なプールバッグから勝手に花柄のしおりが飛び出して、空中でくねくね踊り、無言で僕に何か訴えだした。振り返っても結局僕しかいないので、パソコンと冷房を切り、後を追うことにする。途中、携帯にかけたが電話に出なかった。声さえ聞ければあと十倍勇気が出るのだが、僕はただ使命感で走った。
 このためにわざと残してあったような旧校舎。三階の第二図書室は、名家が寄贈した古い本や書簡が収められていると聞くが、僕には塵の山も同然だ。しおりの導き通り図書室に着くと、鍵が開いていた。中にノースリーブで赤い消火器を構えるふみちゃんもいた。
「数井センパイ! 燃えてるんです!」
 だが、何も燃えていない。声に出して言うほうが良かったか。埃っぽい巨大な本棚に向かい、ふみちゃんが細い足で踏ん張っている。文系の女の子に見えて理系の僕には見えない何かがあるのか。あるとすれば探るしかない。
「なっ、なにがそこで燃えている?」
「百年分の手紙です!」
 そこから溢れ出す状況説明は雑だった。男に想いを寄せた女がいて、男が早くに死んだことも知らず百年間返事のない手紙を出し続けた。やがて百年目、加重圧と夏の暑気でついに燃え出したと涙を浮かべて訴える。花柄のしおりがくねくねおろおろ飛び回る。おうおう。うむ、これは仕方ない。僕の出番だ。
「ふみちゃん、いくらきみでも人の手紙に触れちゃいけない!」
「でも、センパイ、燃えちゃってる!」
「当然だよ! それこそが百年の想いの強さだ! 誰にも読まれず灰になるべきだ!」
「うっ……!」
 僕はこの隙に見えない火の粉から離そうと、消火器を抱えたふみちゃんを抱っこして図書室から駆け出した。途中、階段で下して手を引いたり、ベンチに座らせ落ち着かせてあげたり、夏の勢いで少しキスをしたりした。
 旧校舎の第二図書室はいまも埃っぽいままで、僕もふみちゃんとは別に進展はない。九月になり、文化祭準備の領収書を整理し、一週間の仕事を終えてふみちゃんと帰るだけだ。

(了)


ゆるふわ妖怪小説本『後輩書記シリーズ』の記念すべき第一作目を試し読みのために公開します。
盟友・高橋京希さんがこのシリーズにインスパイアされて書いてくださったWeb連載小説です。
応援お願いします!

関連作品について(後輩書記シリーズ公式サイト)

高橋京希さん作/後輩書記とセンパイ会計Tribute 燃える塵戦記 新米図書委員と塵塚怪王、電子の恋文に悶える

高橋京希さん作品の感想は、ぜひ彼のブログへどうぞ!

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

転身  (作:青砥 十)

前置き。
これは「超短編マッチ箱SFファン交流会出張編」に青砥十名義で投稿した作品です。(※募集は終了しています)山下昇平さんのオブジェをお題に500文字以内で(広義の)SFを書くという企画でした。お題のオブジェはこちら

まずはオブジェをご覧いただき、それでは、私の作品をどうぞ。



転身


 私は男を諦めるために蛇を飲んだ。毒を持たない生きた蛇。その蛇はなぜ自分が私に飲まれるか知らないだろう。しかし、せめてもの抵抗で私のおぞましい胃液に消化されまいと、鱗を頑丈な鋼に変えて飲まれていった。蛇の鱗は唇を擦り、咽喉、食道から胃袋へ落ち、その先は私にもわからない。
 男は私を諦めるために鉈を持った。持ち主のない錆びた鉈。その鉈はなぜ自分が私を割くか知っているだろう。だから、あさはかな顛末で私のおぞましい濁血に腐蝕されまいと、刃を鈍らな身に変えて割いていった。鉈の刃は唇を開き、恥丘、臍下から鳩尾へ昇り、その先は私にもわからない。
 男が去った後、蛇と鉈は出逢った。蛇は私の体内で願望を吸って巨大になっていた。鉈に割かれずとも自力で私から出られるほどに成長していたのだ。それでも蛇は鉈に義を感じ湧き出す新しい力で抱擁した。鉈は私のおびただしい血に濡れた蛇を忌み、鱗を斬りつける。けれども鋼の鱗は硬く、鉈はあえなく鉄塊と化した。私は棒同然の鉈を拾い、我が子のように抱き締める。
 われの抜けた腹を埋めなさいと告げる蛇に従い、私は私を諦めるために鉈だったものを飲んだ。やがて私は男の要らない機械になる。

(了)

 

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テーマ : 超短編小説
ジャンル : 小説・文学

妖精をつかまえる。

 先生は地球の裏側からやって来た。来て早々、僕たちは想像力が足りないと言われた。先生は南アメリカの小さな国の小学校で日本語教師をしていたらしい。
 一学期の終わり、夏休みの宿題が出された時、先生は黒板に自由研究のテーマをでかでかと書いた。妖精を見つけてきなさい、と言って学校が終わった。
 親に聞いてもネットで調べてもわからない。友達と話すと、ある子は水の妖精を探すと言った。ある子は火の妖精を探すと言った。歌とか花とか石とか道とか闇とか心とか化石とかみんな違うものを言った。
 妖精が決まらなかった帰り道、僕は草むらの真ん中に立つ鉄塔に目を止めた。看板に送電塔と書いてある。見上げるとたくさんの電線が空をかけめぐっていた。
 先生は、いると思ったら何でもいい、と言った。
 なら、僕は電気の妖精でも探そうか。コイルというものを知り、僕は何が見つかるかわからないけれど、とにかく電線を巻いてみている。

(おわり)

 

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ジャンル : 小説・文学

「後輩書記とセンパイ会計、銀梅の囁きに挑む」(作:青砥十)

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば漫画の神様と称される手塚治虫の親友にだってなれた――は言い過ぎか。ただ、ふみちゃんは小学校時代、自由研究で日本の漫画の歴史と変遷をみっちり調べて、新聞に取材されたほどの上級者だったらしい。もちろん、ふみちゃんは漫画だけでなくすべての本が好きで、歩いて行ける近所の図書館に通い、ありとあらゆる分野を読み込んでいるらしい。
 しかし、いまふみちゃんと一緒に近所の図書館に訪れた一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの本知らずで、数学が得意な理屈屋で、一応今日は読書用の眼鏡を持って来たが、試しに『まんが・世界のめがねの歴史』というのを一冊借りて机に広げたところだった。何の需要でこんな本を作ったんだろうか。
 そんな、二月九日。日本漫画に詳しいふみちゃんの話では、今日は手塚治虫の命日で、「漫画の日」に制定されているそうだ。それもあり、図書館では普段は書庫に保管されている古い漫画雑誌が展示されていて、ふみちゃんはそれを鑑賞しに行きたいと言い、僕はコートに身を包んで何となくついて来たのだった。ふみちゃんは黒髪を両サイドに自然に分けてリボンで結んでいるが、珍しく真っ赤なリボンで黒と白のラインが入っている柄だった。何か理由があるんだろうか。
「今日は白いリボンじゃないの?」
「数井センパイ、違います。これは手塚先生の女騎士のリボンです」
 と、即座に否定されてもいまいちピンと来なかった。手塚治虫の作品に何か関係あるんだろうか。館内でコートとマフラーを脱ぐと、ふみちゃんの今日の服は、青地に白い大きな襟と肩が丸くふくらんだデザインで、青いスカートにベルトをつけ、白タイツと白い靴だった。制服姿を見慣れているが、青と白を取り合わせた私服も似合っている。
 とりあえず、手塚治虫の描いた初期の漫画本も何冊か展示されているらしく、ふみちゃんの横からショーケースを覗いてみると、古い漫画のいくつかは大判のカラーで、紙が一枚一枚分厚い感じだった。昔は絵本みたいだったんだな、と少し驚く。今のコミックスの軽さとは全然違い、この頃はカバンに入れてちょっと読むという生活スタイルではなかったみたいだ。最近ではタブレット端末で読んでいる人もいるらしいから、当時の漫画家たちが見たら目を丸くするのではないだろうか。
 いろんな古い漫画の展示品を一通り見終わると、ふみちゃんは今日読むつもりらしい服飾関係と植物の本を数冊取ってきて、イスに座った。僕は隣りに座るか向かいに座るか一瞬迷ったが、ふみちゃんが隣りのイスをぽんぽんと手で叩いたので、そこに座ることにした。確かに静かな図書館ではこっちのほうが小声で話しやすい。というか、図書館で小声で話すというのは、どうしてこんなにドキドキするんだろうか。
「数井センパイ、今日は『服の日』でもあり、『福の日』でもあるんですよ」
「んっ? ん?」
 ふみちゃんが漢字の違いと由来を説明してくれる。要するに語呂だった。「福の日」ってのは縁起がいいね、と僕は答えた。
「はい、だからこの日に生まれた人は、幸福なのは義務なのです」
 何だかどっかで聞いた気がするフレーズだが、まあ、よく思い出せないからいいか。
 ふみちゃんはまず植物の本を広げた。索引で誕生花を引いてみると【ギンバイカ(銀梅花)】という小さな白い可愛らしい花が出た。写真を見ると、白いおしべが線香花火みたいに放射状に咲いた花だ。
 ただ、驚いたのはそれがフトモモ科フトモモ目と書いてあることだった。植物学者は一体どういう分類をしたんだ。どう見てもこの白い花が太ももには見えないし、白タイツのふみちゃんの太ももを見ても、いや、たまたま今日は白で共通しているだけだけれど、そんなのは関係ないはずだ。

ギンバイカ(銀梅花)

「数井センパイ、違います。フトモモは【蒲桃】という字を書くんですよ」
「えっ……いや……」
 何も言ってないのに、ふみちゃんがノートに正しい漢字を書いてくれた。僕はももが桃だと知り恥じ入ったまま、返答に詰まる。そんな僕の戸惑いを見透かして責めるつもりかわからないが、ふみちゃんはイスを動かし、僕のそばにさらに寄ってきた。緊張するほど近い。
「銀梅花は、花言葉がとっても素敵なんです。ギリシャ神話の女神がこの花に変えられた伝説からみたいですけど、花言葉は『愛の囁き』なんですよ」
 で、言葉を止める。目をじっと覗き込んでくる。
 ぼっ――僕にどうしろ、と。何を囁け、と。
 呼吸を整えて、話を総合する。文系の女の子に言えて理系の僕に言えない何かがあるのだろうか。あるとすれば探る――いや、頑張るしかない。
「かっ……可愛い服だね」
 ふみちゃんの笑顔がふんわりと花が咲いたように明るさを増す。
「数井センパイ、好きですか? これ、お母さんが作ってくれました!」
 喜んでくれて緊張が少しほぐれる。
「いいと思うよ。うん、すごく、いい。ふみちゃんに似合ってる」
「銀梅花は二月九日の誕生花ですが、花が咲くのは六月なんです。写真じゃわかりませんけど、とっても香りのいい花なんですよ。純潔の白の象徴として、結婚式のお祝いで花嫁のブーケにも使われる花なんです。だから、この花に縁がある人は、周りのいろんな人に祝福されて、幸福になるのは――義務なんです」
 僕は、ひとつの物がこの時代まで愛され続けた由来を知り、それをこんなに楽しそうに語るふみちゃんを素直に愛らしいと思う。ただ、ちょっと興奮して囁きを超えている気がした。僕はふみちゃんの頭を優しく撫でる。
「女神の成り変わりなんだね」
「はいっ。数井センパイ、合ってます」
 今日は久しぶりに図書館へ一緒に来て、『愛の囁き』という花言葉を知ったけれど、ふみちゃんとは別に進展はない。眼鏡の歴史の本を半日かけて読み終えて本棚に返した後、閉館時間の放送にも気づかず夢中に本を読んでいるふみちゃんの背中をぽんぽんと叩き、コートとマフラーを着て、寒空の二月、ふみちゃんの家まで送ってあげるだけだ。

(了)


青砥です。二月九日の誕生花にちなんだ話を書きました。
お読みくださり、ありがとうございました。
気に入ってくださったら、拍手やコメントやツイートなどぜひどうぞ。

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

2013年賀小説「後輩書記とセンパイ会計、蛇道の苦悩に挑む」(作:青砥十、画:葛城アトリ)

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば徳川将軍家の縁者にだってなれただろう。二代将軍秀忠の娘、そして三代将軍家光の姉にあたる、珠姫という女性は、幼くして政略結婚で前田家に嫁入りしたが、その先で夫と仲良く過ごすほど無垢で純粋な人だったらしい。年末にテレビでそういうドラマを見たせいもあるが、ふみちゃんは、背が小さくてふんわりした雰囲気があるが、目を見張るほど華やかで美しい着物を着て神社に参拝に来たとき、なぜかそういう可愛らしい純心な姫に重なったのだ。
 一方、わけあって蛇の神社にふみちゃんと一緒に来た一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの和服音痴で、数学が得意な理屈屋で、蛇に合わせてフレームの表面が少しざらっとした眼鏡にしたことだけが今日のこだわりだった。
 今日は一月十一日、初詣には少し遅い日である。ふみちゃんは家が神社なので、正月の一週間ほどは巫女として家の手伝いをする。もちろん、僕はふみちゃんの家の神社にも元日から参拝したのだけれど、やっぱりふみちゃんが働いていると落ち着かないというか、少し日を改めて別の神社に行こうかな、と軽い考えで提案してみたのだ。
「数井センパイ、それなら、鏡割りの日に蛇の神社に行きましょっ」
「あ、ああ」
 鏡割りの日がどんなものか知らなかったので、すぐなのかもっと先なのか不明だったが、とりあえず頷きながらふみちゃんに聞いてみると、鏡割りはもともと一月二十日だったけれど、三代将軍の徳川家光がその日に亡くなったので、それ以来日本では二十日に行うことは自粛され、一月十一日になったそうだ。その説明では鏡割りの行事のことも、蛇とのつながりも全然つかめなかったが、とにかく、幸福を呼ぶとされる白蛇を祀ってある神社が少し離れた町にあり、バスで行けるからセンパイの自転車の後ろじゃなくて大丈夫、と行き先も行き方もとんとんと決まってしまい、僕はただその参拝プランに同意するしかなかった。
 当日になり、バス停に少し早めに着いて待っていると、なんとふみちゃんが正月の巫女服とはまったく違う振り袖姿で現れたのだ。髪をアップにし、花かごみたいな髪飾りをつけ、きれいな赤い生地の着物に百花繚乱のごとく色とりどりの花柄が刺繍されている。しっかりした帯と小さな手提げバックは落ち着いた金色でそろっていて、絶妙な調和だった。こういうのは自分で着付けするのは大変だろうから、お母さんにやってもらったんだろうか。ということは、ふみちゃんが僕と外に出かけると知っていて、こんなすごい振り袖を着せたのだろうか。
「数井センパイ、そのマフラー新しいですね」
 バスが来るまでの間に僕の格好を見て言った。眼鏡や服は新品でなく、マフラーだけがお年玉で早速買ったものだった。コートやパンツは濃いグレーで、赤い柄を織り交ぜた黒いマフラーを巻いていた。白蛇の神社に行くのに、まさか赤で一致するなんて。
「うん、買ったばかりなんだ」
「赤が一緒で嬉しいです」
 まっすぐ微笑まれると、僕も変に照れ臭く、もちろん嬉しかった。

 バスでのんびり行くわけだが、ふみちゃんが語り出した蛇神の話は結構重たかった。
「縁起がいい話と、縁起が悪い話、どっちを先に聞きますか?」
 何かそういうわざとらしい台詞がある洋画もある気がするけれど、そんなことより、僕はよくわからない判断を迫られた。普通、縁起がいいほうを先に聞きたくなる。前者を選ぶと、ふみちゃんはぐっと身を寄せてきた。バスの中は混んでないが、座席は結構狭い。こっちがコートで向こうが着物だから余計そうなのかもしれない。しゅるるっという着物のすれる音がお正月らしくて新鮮だ。
「鏡餅って何であんな形かと言うと、白蛇をかたどったものとも言われるんですよ」
「蛇? そうかな?」
 ふみちゃんが言うことはきっと十分なくらい下地の知識があることなのだけど、僕は二段重ねの餅にみかんの載ったものが白蛇とは頭の中で重ならない。が、ふみちゃんは構わず続ける。
「もちろん、神事で使われた青銅の鏡をかたどってるんですが、二段に重ねた形は蛇がとぐろを巻いた形で、本当にお餅を細長くして蛇のとぐろみたいに巻く地方もあるんですよ」
 と、手で餅をこねるような仕草をして話す。僕は頭の中で大きな鏡と蛇のイメージが一応出会いはしたが、幾何学的な検討の結論として餅にはならず、みかんが『おい、俺はどうした』という感じでふて腐れていた。自販機で買ってきたペットボトルのお茶を飲む。
「……それが、縁起がいい話?」
「うん」
 シャラッと紅白の髪飾りが揺れる。きれいな黒髪にぴったりだ。
「で、縁起の悪い話は?」
「着いたら話しますね」
 まさかの引きだった。あと三つくらいはバス停あるのに、ふみちゃんは別の話を始めたが、縁起が悪いことが気になって頭に入ってこなかった。

 バスから降りて少し歩いたところに『蛇道明神』という古めかしい看板がかかった立派な赤い鳥居が立っていた。これも赤だ。境内を眺めると、参拝客はいるけれど初詣のシーズンを過ぎたせいか、人の数は少なくて寒々しい感じだった。特に考えもなく、『蛇道明神』という看板を見直す。
「神社――ではないんだね。蛇だから?」
「数井センパイ、違います。明神は、古い社(やしろ)の証拠なんですよ」
 今年も早々に否定されてしまった。たぶん僕がそんな質問をするとは思ってなかっただろうけど、ふみちゃんも条件反射的に正しい説明を返してくる。
「古い神社?」
「神社っていう言い方は、近代になってからなんですよ。それまであまり統一した名称の付け方はなくて、神宮とか明神とか権現とか八幡とか天神とかいろんな呼び方があります。もちろん、神道系と神仏習合系では違うんですけど、神社と呼ばれてないところはみんな歴史が古いんです」
「へぇ……そっかぁ」
 としか答えようがなかった。僕でも知っている有名なものだと、明治神宮、湯島天神、伊勢神宮、北野天満宮、出雲大社とか――確かに神宮や天神などいろいろだ。もっとも、違いは全然わからない。
「じゃあ、ここは歴史が古いんだね」
「蛇は水をもたらす神様と言われ、昔から信仰されてたんです」
 ふみちゃんの話では、明神とは、神は仮の姿でなく明らかな姿で現れるという意味で、日本に仏教が伝わり広まった時、神と仏の関係は何かの議論があり、神は仏の信者を守護するという形で落ちついたらしい。それが神仏習合というもので、明神はそのひとつだという。つまり、ここは蛇の神様で、仏教の信者も守護するという器が大きい存在なわけだ。守護するという言葉を聞いて、蛇がとぐろを巻いて人を護ってくれる姿が浮かんだ。
「でも、数井センパイ、ここは江戸時代に蛇責めの刑に遭った女性が塚に祀られてるんです」
 いきなり言った。
「へっ、蛇責め? 神様の蛇を攻撃したりするのか?」
「数井センパイ、違います。人が全身を蛇に噛まれる刑です」
 一気に寒気が走った。全身を――蛇に――噛まれる。そんなの確実に毒で死んでしまうじゃないか。バスの中でふみちゃんが言いよどんだ縁起の悪いことはこれなんだろうか。たぶんそうだ。顔をのぞくと、ふみちゃんも思いつめた表情をしている。
「すさまじい処刑方法だね……。それって日本の話?」
「江戸時代、政略結婚のために地方へ嫁いだ将軍家の姫様がいたんですが、結婚した旦那さんとすごく仲良くなって、将軍家のことを結構ぺらぺらしゃべってしまったらしいんです。江戸からつかわされた乳母がその失態を知って、姫様を折檻してらしくて」
「それで、姫様が蛇に?」
「――数井センパイ、違います」
 少しむっとした表情でぴしゃりと言い返された。確かに途中で話を切るべきでなかった。
「姫様は旦那さんと一緒に過ごせないと気に病んで、衰弱死してしまったそうです。で、死ぬ寸前に姫様の本音を聞いた旦那さんが怒りに狂い、乳母を呼び、領内から集めた無数の蛇で処刑したんだそうです」
 重かった。重すぎて胃が痛くなるほどだ。僕の表情は完全に凍り付いていた。何で新年の鏡開きの日にそんな無残な処刑方法をじっと聞いているのか。ふみちゃんの振り袖を見られて軽やかに躍った僕の心は、冷水を浴びたように固まり、蛇にでも睨まれているような心地だった。
「あの……数井センパイ、すいません。今日は――そういう女の恨みがこもった帯の供養に来たんです。この、蛇みたいにぐねぐねと宙をうねる帯の供養に……」
 ん?
 蛇みたいに宙をうねる、帯?
 しかし、ふみちゃんの帯は背中から腰にちゃんときれいに付いている。バスで座った程度で乱れはない。ただ、やっぱり――そういう事態ではないようだ。手提げバッグに入れてきたらしき愛用の花柄のしおりが、そこから新年らしく威勢よく飛び出し、きゅるきゅると宙を舞い始めた。こういう異常事態は前にもあった。まあ、そんな恨みの宿ったものの供養に来たのなら、普通に終わるわけもない。文系の女の子に見えて理系の僕に見えない何かがあるのだろうか。あるとすれば探るしかない。
「何が……蛇みたいに……?」
「帯です。帯の一端が蛇の頭みたいになって、数井センパイと私のまわりをうねってます」
 えっ! 僕もちょっと巻き込まれてるのか! これはどうしたらいいんだ。帯はどこも乱れてない。普通のままだ。
「そいつは……神社に入れば……収まりそうなの?」
「むしろ『蛇道明神』に近づくほど元気になりますね。でろんでろんの、ぐわんぐわんに」
 ふみちゃんの口にする擬態語が逃げ出したいほど不気味だった。もう何か帯だか蛇だかわからないものがかなりの躍動感で踊り狂ってそうだ。しかも神社――いや明神に近づくと余計に勢いが増すとか。もう引き返すしかないんじゃないか? だいたい、自分の家の神社で払ってもらったほうが良かったんじゃないのか、と僕は頭を抱える。頭を抱える一方、足が動かない。足が自分の意思に反して動かないのだ。蛇に睨まれた心地は、もしかすると体が感じ取っているのかもしれない。
 そんなことがあるなんて、やっぱり信じたくないけれど。でも――僕の足は石段を昇れない。さっきからずっと赤い鳥居の前で二人で立ち尽くしているなんて、おかしいわけだ。蛇状になった帯が――いま僕たちを進むことも戻ることも出来ない状態にしているのだと、仮定したら。
 問うべきはひとつだ。

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「悪いけど、恨むのはお門違いだ」
「えっ……?」
 ふみちゃんが目を丸くして驚く。さっきまで蛇責めを受けた乳母の恨みを切々と語っていた口が、少しポカンと半開きになった。
「恨むなら、窮地から逃げられなかったことを恨むんだ。その足があったはずだ」
「足は……」
 本当はなかったのかもしれない。身の危機を感じても遅かったのかもしれない。蛇に睨まれた存在のように。姫様の旦那は藩の領主だ。もうぐるりと身辺を囲まれ、退路がなかったのかもしれない。
「ただ、這ってでも跳ねてでも――何とか逃げられたんじゃないのか? 姫様がそういう遺言を旦那に残すことも、怒り狂った旦那に殺されることも、予想できたんじゃないのかな?」
 けれども、生き延びられなかった。足がすくんだのだろう。だったら命が尽きるとわかったとき、現世に無念を残すより、清らかに神の守護を求めても良かったんじゃないだろうか。
 ふみちゃんと向き合い、黒髪を撫で、目と目をしっかり合わせ、お互いに緊張と疑心で高ぶった気持ちをなだめるように言い聞かす。
「姫様を、責めるな。旦那さんを、恨むな。姫様は救いのない人だったか? 姫様は不幸だったか? 純粋に生きてたんじゃないのかな」
 こくん、と頷いた瞬間、僕はふみちゃんをきゅっと優しく抱き寄せた。しゅるしゅると着物とコートがこすれる音がする。帯に気を付けながら、子供をあやすように背中をゆっくりやわらかくポンポンと叩いてあげる。
 寒空の下で、ふーっと温かいふみちゃんの吐息が胸に当たった。
「――数井センパイ。あのね……ちょっとだけ、違います」
 蛇がどうとか帯がどうとか言い始めてからずっと沈黙し強張っていたふみちゃんが、ようやく口を開いた。
「ん? 何が違う?」
「姫様は……不幸な人でした」
 もう、今となってはそういうことではないのに。純粋な生き方は認められるのに。
「そうか?」
「自分を守ってくれる大切な人と、長く一緒にいられないなんて……姫様は不幸な人でした」
 ふみちゃんはもう一度深く僕の胸に顔を埋めて、ふーっと息を吐き出した。こんな場所に立ち尽くしたままは寒いけど、もう少しの間しっかりと抱き締めた。今日の縁起が悪いことは、もうこれきりで本当に終わって欲しかった。

 いつの間にか空飛ぶ花柄のしおりの姿は消え、手提げバッグに戻ったのかどうなのか、僕にはわからない。ただ、僕たちの足はまた動いた。石段を昇り、『蛇道明神』の看板を見あげながら赤い鳥居をくぐる。帯が蛇のようにうねったというのも、ふみちゃんの言葉から消えていた。草履が歩きにくいのか、僕の左腕に腕をめいっぱいからめながら、「うんしょ、うんしょ」とつぶやいて一緒に石段を昇った。恨みを残した女を語り出した時はひやりとしたが、もう今はただの背が小さい振り袖姿の女の子だった。
 最後の石段を昇り終えると、赤い着物と金の帯によく映える笑顔がぱっと咲いた。
「数井センパイ、嫉妬ですよ」
 急だった。いや、僕は何にも目移り気移りしてなくて、今日はずっとゆっくり歩くふみちゃんを見守ってるじゃないか。
「帯が蛇みたいになるのは、嫉妬の気持ちらしいです」
「ん、そうなのか……?」
 いや、帯が蛇みたいに――を信じているわけじゃないけれど。一応、調子に合わせて相槌を打った。
「乳母だって、きっとよその家は恐かったんです。なのに、純粋に旦那さんに心を預けて溶け込んでいる姫様を見て、心がぐねぐねとねじれたのかもしれないです」
 それは、確かにそうなのかもしれない。自分が越えられない心の囲いを、まるで羽が生えたように楽々と越えてしまう人を見て腹が立つこともあるだろう。だけど――と僕は考える。
「乳母の側だけ見れば、姫様に葛藤がなかったふうに聞こえるけど、それは違うかもしれないね。一緒にいる人が大事なら、自分が変わることもあるんじゃないかな」
 目が合った。
「ふふっ。どうですかね、センパイ。変われますか?」
 ふみちゃんはほんの少し僕を試すような笑顔だった。
「……どうだろうね」
 昔の話だからね、と僕は話を締めくくった。

 蛇道明神の中の建物はどれもこじんまりしていたので、どれが本殿でどれが祠か区別がつかないので、ふみちゃんの巡るがままにくっついて全部に拝み、お賽銭をした。狛犬代わりに白い石で出来た蛇の像がいくつもあったり、社殿の欄干や壁にかかった額縁などにも白い蛇の絵があちこち描かれていて、普通の神社とは雰囲気が違った。最後に社務所に寄って、厄除けの蛇の御守りを買い、満足した表情でふみちゃんは僕の顔を見あげた。
「済んだ?」
「済んだ」
 すぐに頷いた。全部やることを果たしたのだと思う。
「蛇ってさ、金運が良くなるんだっけ?」
「数井センパイ、違います。水の守護神ですよ」
 確か、蛇の皮か抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まるとか聞いたような気がするが、水の守護と言われても、結局何を護ってくれるのかピンと来なかった。まあ、蛇の抜け殻とかも迷信なんだろうか。そんなものでお金が貯まるのも変だ。
 帰りのバスの時間を調べてこなかったな、と考えながらまた鳥居をくぐり、石段を下りた。
「数井センパイ、いい鏡開きでしたね」
「え、そうかな」
 さっき蛇の囲いだか女の嫉妬だかに巻き込まれたような気もするけれど。ふみちゃんはあれも織り込んでいい鏡開きだったと言っているのかな。顔がすっきり健やかだから何も問い返せなかった。
「うちは鏡餅を開いたら油で揚げてあられにするので、生徒会室のおやつに持って行きますね」
 並んで食べるところを想像するとすごく嬉しいんだけど、鏡餅が蛇のとぐろをかたどってるとか言われたものだから、何だか少し背中がゾワゾワする感じだった。あんな由来、聞かなかければ良かったと内心後悔しつつ、ぐっと飲み込んだ。
「うん、いいね。楽しみにしてるよ」
「袋いっぱい持って行きます!」
 どんな袋サイズかわからないが、それを考えるのはやめ、帰りのバスで温まりながら帰路に着いた。帯の出来事があったせいか変な脱力感があり、ふみちゃんとは別に進展はない。しゃらっしゃらっとやんわり揺れる紅白の髪飾りを並んで見おろしながら、ふみちゃんを家の神社までゆっくり歩いて送り届けるだけだ。

(了)


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今年もよろしくお願いします。

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プロフィール

青砥 十

Author:青砥 十
幻想、冒険、恋愛、青春などをテーマにした短編小説をいろいろ書いています。子供のころから妖怪が大好きで、最近は結構ゆるふわなものが好みです。 生まれは群馬県前橋市。現在、奈良県在住。どうぞよろしくお願いします。

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